女官による取り次ぎの声がかかり、帆珠の到着を悟る。
太后は穏やかな微笑を貼りつけ、努めて優しい声で「通せ」と促した。
────目の前に現れたのは、想像していたよりずっと華奢な娘であった。
しかし柔な印象はなく、若いながらも父親譲りの威厳を醸している。
くっきりとした目鼻立ちは美しいが、やや吊り気味の目が気性の激しさを物語っているのが見て取れた。
「よく来た。そなたが蕭帆珠だな」
太后がそう語りかけると、紅の引かれた帆珠の唇が弧を描く。
堂々とした笑みがその顔に浮かんだ。
「ええ、いかにも。太后さまにご挨拶申し上げます」
帆珠は優雅に礼を尽くした。
その完璧なまでの所作を目の当たりにし、太后は満足気に頷く。
“蕭容燕の娘”という身の上は気に入らないが、帆珠自身の器量には好感が持てた。
「…………」
一方の帆珠も帆珠で、太后を探っていた。
一見優しそうに見えるが、底知れないしたたかさを秘めているのは確かだろう。
そうでなければ父が手を貸すわけもなく、そもそも臆せずこちらを見られはしないはずだ。
────円卓を挟んで座り、ふたりは向かい合う。
尖った空気感が漂い、福寿殿は異様な雰囲気に包まれていた。
茶の支度をした女官も、凍てつくようなその空気に追い立てられるようにしてすぐさま部屋から出ていく。
「……して、そなたは何ゆえ王妃になりたい?」
茶をひとくち含んだ太后が尋ねる。
他意はなく、単なる興味本位であった。
帆珠は茶杯を片手に、強気な微笑みで太后を見返す。
「理由などありませんわ。その座はもとよりわたくしのものですから。然るべき席に座るだけです」
恐れを知らないもの言いに、太后は面食らったように動きを止めた。
なんて生意気なのだろう。容燕にも劣らぬ傲慢ぶりである。
「……そうか。それは確かだな。王妃の座は、そなたのような堂々とした者にこそ相応しい」
太后はどうにか取り繕い、懸命に余裕を取り戻してはどうにか表情を和らげた。
そうとはまるで気づかない帆珠は、太后の言葉をそのまま受け取り、得意気に笑みを深める。
────その後も茶の傍らで言葉を交わしたが、帆珠が大口を利くたび、太后の表情は曇る一方であった。