「……随分と熱心に選んでるね、兄ちゃん。恋人にでも贈るのかい?」

 お節介な露店(ろてん)の店主に声をかけられ、はたと我に返る。
 いま、自分の隣に彼女の姿はない。
 光祥はやわく笑った。いまにも散ってしまいそうなほど儚げに。

「……だったら、よかったんだけど」

 それだけで何らかの事情を察したらしい店主は「いいんだ、ゆっくり選んでくれ」とだけ伝え、光祥から離れた。
 その気遣いをありがたく思いながら、並べられた耳飾りを見やる。

『丁寧で上品な人……かしら』

 春蘭がそう言って選んだあの耳飾りを、身につけているのが誰なのかいまなら知っている。
 当初は紫苑ではないかと推測したが、ちがっていた。
 あの堂の主の耳に光っているのを目にしたのだ。

『光祥殿は、夢幻さまについてどのくらいご存知なのですか?』

 “彼”が何者であるのかは未だに分かっていない。
 会ったことがあるような気がする、というこの感覚は否定されても腑に落ちないままだ。

 とはいえ春蘭の味方である限り、光祥としても手を貸すのみである。
 否が応でもその正体はいずれ明らかになるだろう。
 ────それは、光祥自身にも同じことが言えた。

 ふと、ひとつの腕飾りが目に留まる。
 紅水晶と水晶の組み合わさった、可憐で美しい代物であった。
 輪の一部分に花飾りがついており、桜色の小さな房が揺れている。

 彼女の華奢(きゃしゃ)な手首に映え、きっと似合うだろう。想像でさえ愛らしい。
 光祥はその腕飾りをそっと手に取った。

(紅水晶の石言葉は────)



     ◇



 日暮れまで、朔弦による指教(しきょう)は続いた。
 宮廷での振る舞いのみならず、朝廷の派閥(はばつ)や現在の勢力図に関して一から十まで懇々(こんこん)と叩き込まれる。

 帰路につく頃には、宮殿や後宮での生活に対する不安や恐怖心は消え去り、むしろ気概をあふれさせていた。

(負けないわ……)

 数多(あまた)の陰謀にも、強大な権力にも、向けられる悪意にも。決して挫けない、と心に誓う。
 怖かったのは未知のものでしかなかったせいだ。
 孤独な戦いだと思い込んでいたからだ。

 しかし、何も丸腰で伏魔殿(ふくまでん)へひとり放り込まれるわけではない。
 朔弦だって、紫苑たちだって、支えてくれる。それが、これほどまでに心強いとは。

「……春蘭」