「前向きだぜ。王妃になるために日々奮闘中」

 光祥の儚い願望は一瞬にして虚しく砕け散った。
 冷ややかに打つ鼓動を自覚する。

 しかし、にわかには信じられない。
 本当に春蘭自身が王妃になることを望んでいるのだろうか。

 自分の知っている彼女であれば、そんな判断は下さないように思える。
 以前とまるきり心変わりしたことからして、誰かの入れ知恵か、あるいは利用されているだけではないのだろうか。

「どうかしたのか? おまえ、何か顔色が……」

 やっと異変に気がついた櫂秦に案じられ、はっとした光祥は慌てて感情を押し込める。咄嗟に笑顔をたたえた。

「……何でもないよ。ごめん、ありがとう」

 巻いてくれた包帯を受け取り、引き出しの中にしまっておく。
 櫂秦は初めて見る光祥の様子に少し戸惑いながら、わずかに目を細めた。



 櫂秦が施療院をあとにしたのち、その日の業務を終えた光祥は市へと立ち寄った。
 装飾品の並ぶ露店(ろてん)に何気なく目が留まり、導かれるようにして歩み寄る。

 春蘭と出会ったときのことが瞼の裏を掠めた。

『ねぇ、きみ』

 こんなふうに混み合う往来で、目の前に落ちてきた手巾(しゅきん)を拾ったのだ。
 桜の刺繍の施されたそれを差し出すと、彼女ははっとしたように受け取って礼を言った。

 それきりの関係であるはずだったが、意外なことに春蘭は「あの」と光祥を引き止めた。
 贈りものを選ぶのを手伝って欲しい、と。

 ────(のき)を連ねる店を眺めながら、並んでゆったりと歩くうちに打ち解け、茶を一杯飲むより短い付き合いとは思えないほど馴染んでいた。
 それは、光祥の持ち前の明るい性格と人懐こさの賜物(たまもの)でもある。

 聞けば、日頃の感謝を伝えるための贈答らしいが、何がよいか迷っていたところだと言う。

『相手はどんな人?』

 贈る相手を尋ねれば、彼女は「うーん」と少し考え込んだ。

『丁寧で上品な人……かしら』

 そんなやりとりを交わしながら何とはなしに立ち寄った装身具店で、春蘭は並べられていた耳飾りのひとつをそっと手に取った。
 (つい)になっておらず、片耳にだけつける方式の代物だ。

 紫色に透き通る(ぎょく)が、陽の光を受けきらきらと輝いている。

『それは紫水晶だね』

 柔らかく笑んだ光祥が告げた。

『石にも、花と同じように石言葉っていうのがあるんだ』

『石言葉?』

『そう。紫水晶は“誠実”とか“高貴”かな』