その話は王自身、いつまでも避け続けることはできないと分かっていた。

 これまでは何とか(かわ)して逃げてきたのだが、とうとう袋小路(ふくろこうじ)に追い詰められたようだ。

「うむ……」

 何かいい言い訳はないものかと考えてみるが、何も思いつかず難しい表情で黙り込んでしまう。

 王という立場上、早々に妃を迎える必要があることは重々承知していた。
 世継ぎがいなければ、国や王族の発展は望めないからだ。

 しかし、素直に(だく)することはできなかった。
 容燕が蕭派の娘を嫁がせようとしていることは容易に察せられるためである。

(それに────)

 王というだけで、想い人と結ばれる運命を諦めなければならないのだろうか。

 ばん! と、突然大きな音がしてびくりと肩を揺らした。
 容燕がしたたかに几案を叩いた音だ。
 鋭い双眸(そうぼう)に捉えられ、射すくめられる。

「妃選びを行います」

「な……」

 その言葉にひどく焦った。 そんなことになれば、容燕の思うつぼだ。

 恐らく太后と手を組み、審査を意のままにする気だろう。
 そして、望みの者を王妃の座に就けるつもりだ。────たとえば、容燕の娘を。

「ならぬ! 余はまだ婚姻する気などない!」

「主上の意思など関係あるまい。一刻も早く世継ぎを産ませねば、国の存続に関わるのですぞ」

 容燕の揺るがぬ眼差しに唇を噛んだ。悔しく、情けなかった。

 彼の意見は正論だが、それは蕭家の勢力を拡大させるための口実だ。
 そう気づいていても、王にはどうすることもできない。

「すべては主上のためなのです」

 容燕はおもむろに袖の中から上奏(じょうそう)文を取り出した。
 閉じていた紐をほどいて広げる。

 傍らに置いてあった玉璽(ぎょくじ)を手に取ると、勝手に印を押してしまった。

(何を────)

 困惑する王に、容燕はその上奏文を掲げて見せる。
 書かれていた内容はまさに進言の内容と一致していた。つまり、妃選びの実施である。

 玉璽が押されてしまったいま、それは王の意思として決定事項となった。

「容燕!!」

 たまらず、王はその名を叫んで立ち上がる。
 無力感や悔しさは、憤りに変換される。

 王は上奏文を取り上げようとしたが、容燕にはひらりと簡単に躱された。
 素早く丁寧に巻き直すと、再び袖の中へしまい込んでしまう。

「ご心配なさいますな。主上もきっと、我が娘をお気に召されましょう」

 不敵に笑った容燕は最後まで礼を尽くすことなく、(きびす)を返して蒼龍殿をあとにした。

「……っ」