「確かにふたりとも言いそうだ。それだけきみのことが心配なんだよ」

 苦笑しつつ、光祥は言う。
 治療を終え、片づけ作業に入るとふと尋ねた。

「ところで、柊州や商団の件で進展はあった?」

「あー、とりあえず俺と紫苑であるだけの百馨湯をこっそり配りにいったとこだ。それ以外は特に変わりなし」

「へぇ……珍しいね、春蘭が留守番なんて。ああ、危険だし見つかりづらくするために?」

「まあ、それもあるけど……あいつは別にやることがあってさ」

 すぐには思い至らず、不思議そうに瞬く。

「やること?」

「結婚」

 あっけらかんと答えられるが、光祥は心臓を射抜かれたような気分になった。
 ぴた、と手が止まり、動揺に明け暮れる。

「王サマと結婚するんだよ、あいつ。ま、選ばれるかどうかは分かんねぇけどな」

 悪気なく追い討ちをかけるような言葉を受け、巻いていた包帯が手から転がり落ちる。
 床につくと、みるみるほどけていった。

 櫂秦が「おいおい」と気だるげに拾い上げ、不器用ながらも巻き直していく。
 その間、光祥は硬直したまま呼吸すらも止めていた。

 ……忘れていた、わけでは無論ない。
 無意識のうちに考えないようにしていたのだ。

『そのためだけに春蘭の人生を犠牲にするべきじゃない。きみは鳳家の姫である前に、ひとりの人間なんだから』

 そう言ったのは恋心からだけでなく、春蘭への心配によるものが大きかった。
 それでも、その言葉が響くことを祈った。

『もし、本気で嫌だって思ったら……そのときは僕が迎えにいく。ぜんぶ投げ出して、ふたりで遠くへ行こう。どこへでも連れて逃げてあげるから』

 国の掟を破って悪党になってでも、彼女を攫って逃げる心構えを決めていた。
 春蘭が助けを求めてくれることを願った。

「……春蘭はどう言ってるの?」

 感情の揺らぎをどうにかおさえ込み、光祥は尋ねる。

『……ありがと。わたしにはまだ“覚悟”なんてないし、王さまに嫁ぎたいとも思わないわ』

 あのときそう言っていた通り、いまも変わっていないと信じて。

 彼女は天真爛漫(てんしんらんまん)で自由奔放な娘だ。
 鳥かごの中に閉じ込められるより、大空を飛び回っていたいと思うだろう。
 きっと、やはり王妃になどなりたくはないはずだ────。