断りとともに入ってきた侍女は、運んできた盆を円卓に置いた。
 盆の上には湯気の立つ茶とふたつの小鉢が載っている。
 一方は胡麻の振られた青梗菜(ちんげんさい)の和えもの、もう一方は茴香(ういきょう)と鶏皮の炒めものであった。

「これは……?」

 突然運ばれてきた目の前の料理に困惑している間に、侍女は一礼を残して下がっていく。
 わずかに身を起こした朔弦は卓上で手を組んだ。

「小腹が空く頃だろう。おまえのために用意させた」

「え……?」

 そう言われても、純粋な厚意(こうい)とは思えない。
 別の狙いがあるのではないか、と身構えてしまう。

 屋敷に着いたとき、苦手な食べものを聞かれたことと関係があるのだろうか。それにしては妙だ。
 そのとき春蘭は確かに、茴香が苦手で食べられない、と答えたはずだった。
 しかし、それがなぜこうして振る舞われているのだろう。

(克服しろ、ってこと?)

 いつにも増して朔弦の意図がまったく読めず、腑に落ちないながらも箸を持つと、青梗菜の和え物をひと口分挟み上げる。

(無理にでも食べろ、って言わないなら好都合だわ……)

 食べなくて済むのであれば、それに越したことはない。
 礼節を(わきま)え、せめて一方の小鉢を完食してから断ろう。
 春蘭はそう考えながら箸を口に運んだ。

「……うっ」

 和え物を含んだ瞬間、思わず顔を歪める。慌てて口元を覆った。
 苦い。猛烈(もうれつ)に苦い。
 到底、青梗菜の味とは思えないひどい苦味で舌が痺れた。

 たまらず茶杯(ちゃはい)を引っ掴み、一滴残らず茶を飲み干す。
 ごほごほと咳き込むと涙が滲んだ。
 まるで湯薬(とうやく)を飲んでいるような気分だ。見た目は普通の胡麻和えとたがわないのに────。

 思いきり顔をしかめる春蘭を見た朔弦は、ふっと唇の端を持ち上げた。どこか満足気な表情である。

「苦かったか?」

 やはり何か仕組まれていたのだと悟った。
 何とも趣味の悪い悪戯(いたずら)である。

「に、苦すぎますよ! 何なんですか、これ!?」

「────“毒”だ」

 何でもないことのようにさらりと答えられ、危うく聞き流すところだった。
 不意に喉の奥が引きつって息苦しくなる。
 瞠目(どうもく)した春蘭は喉元をおさえた。

「わたしはおまえが茴香を食べないと分かっていた。だから和え物に毒を盛ったんだ。この二択なら、おまえは必然的に和え物を食べるほかないからな」