以前、当の彼女に尋ねたときのことを思い出す。

『お供します。何があっても、変わらずお嬢さまにお仕えしたいです』

 そう言ってくれた言葉に甘え、入内(じゅだい)した暁には芙蓉を女官に任命するつもりだった。
 それを聞いた朔弦は椅子の背にもたれかかり、(わずら)うように眉を寄せる。

「……あの娘か」

 鳳邸を(おとな)った際、見かけたことを覚えている。
 たった一度ひと目見ただけだが、妙に警戒心を煽られたために印象的だった。

「ご存知だったんですね。幼い頃からの付き合いで気心(きごころ)も知れてますし、心細い宮中で支えになってくれると思います」

「本当にそうか?」

 思わぬ反応に「え」と小さくこぼれた。
 ほかでもない朔弦に否定的な態度をとられると、どことなく不安が募る。

「付き合いが長くとも、その者はおまえの隠しごとを知らないのだろう」

「それはそうですけど……」

四面楚歌(しめんそか)の宮中で、一番そばに置く者がそれでは心もとない」

 懸念はそれだけではなかった。
 本当の意味で気心が知れているのか、疑わしいところなのである。

 彼女らの信頼関係を疑い、詮索(せんさく)するのは野暮かもしれないが、放任(ほうにん)しておけることではない。
 後宮という場が場であるために、嫉妬や栄華(えいが)によって本性が浮き彫りになる。

 同性で同年代、それでいて身分にだけ大きな格差のある彼女らが、この先も変わらない関係でいられる保証はないだろう。
 朔弦の芙蓉に対する警戒心は、そんな憂慮(ゆうりょ)から来ているものだと言えた。

「ですが、芙蓉は────」

「気持ちは分からないでもないが、覚えておけ。人の心は分からないものだ」

 春蘭は思わず眉をひそめた。
 心の内にもやもやとした気持ちが広がる。煙に似ているが、それとは異なり粘り強く滞留(たいりゅう)した。

 芙蓉が信用ならない、と彼は言いたいのだろうか。
 しかし、それは理不尽な言いがかりとしか思えなかった。

 彼女と出会ってからの七年間を知らないながら、その内実(ないじつ)(ないがし)ろに説き伏せられる筋合いはない。
 芙蓉を否定されたようでつい気色(けしき)ばんだが、どうにか反論を飲み込んだ。
 感情的になるべき時ではない。
 朔弦と言い争うことがいかに無益(むえき)かは明白だ。

「…………」

 春蘭が口を噤んだとき、ふと客間の戸に影が浮かぶ。

「失礼いたします」