消え入りそうな声で呟いた煌凌にますます首を傾げつつも、深く気にとめることなく歩き出す。
 とぼとぼとあとをついてくる彼は、行き場をなくした仔犬のようであった。

「……春蘭。そなたは誠に王妃になりたいのか?」

 ややあって、ようやくわずかに立ち直った煌凌がぽつりと尋ねる。

 朔弦はそう言っていたが、どこか信じられないような気持ちが拭えなかった。
 それは鳳家のためか、自身の栄耀栄華(えいようえいが)のためか。
 見知らぬ(と思っている)王に好意があるわけでもないであろうし、ほかにどんな理由があるだろう。

「わたしにできることをするまでよ。王さまに聞きたいこともあるし」

「何を聞きたいのだ?」

「……どうしてあなたが聞くの?」

 不思議そうに見返されるが、煌凌はむしろ胸を張ってみせる。

「わたしは陛下と仲良しだからだ。言いたいことがあるなら伝えておく」

「大丈夫よ。わたしが直接聞くから」

 堂々と拒まれた。その場でうまく答えられる気がせず、つい怯んでしまう。
 いったい何を聞くつもりでいるのだろう。

「……知らぬようだな。王妃になったからといって、すぐに陛下に会えるわけではないぞ」

「え、そうなの?」

「うむ。最初は妃の方から王を訪ねてはならぬという掟がある。王が居所(きょしょ)へ来るまで待ち続けなければならぬ」

 焦った煌凌が口走ったことは、しかし口からでまかせというわけではなかった。

 春蘭としては初耳だったが、宮廷のしきたりに明るいという彼が言うのであればそうなのだろう。
 実際、彼が澱みなく言えたのは、それが事実だからである。

 下手をすれば一生会えないこともありうるということか、と思い至った春蘭は眉を寄せた。

「だから、ほら。遠慮せずわたしに言うのだ」

 そう促され、かなり迷ってしまう。
 彼に言うことでも、彼を通して王と話したいわけでもないが、何だか彼には退く気配がない。
 観念するほかなく、春蘭はやがて口を開いた。

「王さまは……どうして自ら(まつりごと)をなさらないのかしら」

 想定外の問いかけに、思わず瞳を揺らがせた煌凌は身を硬くする。
 表情がみるみる沈んで無になると、()せた花のように萎れて俯く。

 そんな彼の変化に気づかないまま、春蘭は続けた。

「あなたが言うには、王さまには善政を施す腕があるんでしょ? なのに、どうして蕭容燕に摂政(せっしょう)を任せて言いなりになってるの?」