指南役となった朔弦に教えを乞うべく謝家別邸へ赴く道中、思わぬ邂逅を果たした。
「春蘭」
呼ばれて振り向いた先にいたのは、なんと煌凌であった。
桜の咲くあの丘以外で会ったということだけでなく、左羽林軍の兵服姿であることにも驚いてしまう。
普段とかなり印象がちがって感じられるが、引き締まった格好をすればそれなりに立派に見えた。
「煌凌……。あなた、本当に羽林軍だったのね」
「な……当然であろう」
実際には、事情を知った朔弦や莞永が協力してくれることになり、用意してくれた衣装を借りただけであったが、春蘭は知る由もない。
「今日も視察なの? わたし、これから行かなきゃいけないところがあるのよね」
「分かっておる。わたしが護衛しよう。朔……謝将軍の許可は得ているゆえ、多少遅れても構わぬ」
「えっ?」
朔弦がそんなふうに融通を利かせるとは思わず、春蘭はきょとんとしてしまうが、彼はいたって平然としている。
隣に並ぶなりゆったりと歩き出した煌凌と歩幅を合わせた。
「あなたと話すのは、何だか久しぶりな感じがするわね」
「……そうだな。そなたが謝家別邸に通い詰めるばかりで、あの丘へ来なくなってしまったから」
少し寂しげな横顔を見上げ、春蘭は目を瞬かせる。
「何それ? もしかして、わたしに会いにきてたの?」
「うむ、それだけではないが。しかし、近頃はわたしもなかなか足を運べていなかったゆえおあいこだ」
「まあ……もともと約束してたわけでもないけどね」
気にかけられていたことを意外に思いつつ苦笑した。
一瞬の沈黙が落ちると、煌凌は窺うようにちらりと一瞥する。
「そなたも、その……妃候補になると聞いた」
心臓がどきりとした。
その“どきり”の意味が分からないまま、春蘭は頷いて答える。
「ええ、そうよ。でも正直、不安なのよね。王さまがどんな方かも全然分かんないし」
朔弦の評価を聞いてから、ますます不安が膨らむ一方である。
嘆きにも似た言葉を聞き、当の王は少しそわそわしてしまった。
「……気になるか?」
「もちろん。あ、もしかして何か知ってたりするの?」
含みを持たせたような口ぶりや彼が羽林軍の一員であることから、直感的に思い至った。
期待を込めて尋ねると、果たして煌凌はこくりと頷く。
「うむ。わたしは宮殿を知り尽くしている上、陛下とも親しいからな」