「何でだよ……? 何でおまえが春蘭を裏切るような真似────」

「裏切ってなんかいない。すべてはお嬢さまのためだ」

 それについては紫苑も真っ向から否定した。

 茶会で春蘭が倒れ、危険な目に遭ったとき、見て見ぬふりをしていた現実を嫌でも突きつけられたのだ。
 自分ひとりだけでは春蘭を守りきれない、ということ。

「朔弦に託したってわけか? あいつが味方になってくれることに賭けて?」

「あれが最善だった」

「そんなの結果論だろ。あいつがどんな奴か知らねぇわけでもあるまいし、問答無用で春蘭を錦衣衛に突き出す可能性だって全然あった」

 むしろ、朔弦の行動としてはその方が自然だろう。
 冷徹な合理主義者────情に(ほだ)されるような人物ではない。
 過去に春蘭に対して恩義があったとしても、それが目を瞑る理由にはならない。
 彼はそういう人間だと、櫂秦は思っている。

 だからこそ腑に落ちない。
 なぜ、信じることにしたのだろう。目に見える証拠だってないはずなのに。

 確かに、()せる春蘭を見舞った朔弦を見て、話してみてもいいのではないかという気にはなった。
 しかし、真に彼女が罪人なのであれば、朔弦は危険を承知で片棒(かたぼう)を担いだということになる。

 そんな選択をするだろうか。
 そうする利が、朔弦にあるだろうか。

「……わたしは、朔弦さまではなくお嬢さまを信じた」

 紫苑は顔を上げ、決然たる表情で櫂秦と向き合う。

「お嬢さまに後ろ暗いことなんて何もない。だから、朔弦さまに全容を知られても何の問題もない……そう思ったんだ。現にこうして結果が物語っている」

 実際、事態は好転した。
 すべてが露呈(ろてい)したいま、朔弦はむしろ味方となってくれた。

「だからわたしは、今後もお嬢さまを信じる」

 凜然と断言してみせた紫苑を見据える。
 そのうち、ふと浮かんだ思いが口をつく。

「────なあ、おまえらって何なんだ?」

「何、とは?」

「なんつーか……いつからそんな感じなんだよ」

 言葉足らずながら、聞きたいことは何となく分かった。
 紫苑はそっと目を伏せ、幼少の頃の記憶を辿る。
 彼がこの鳳邸へ来たのは、春蘭が生まれるより前の話だった。

 幼かった紫苑はその歳にして、この世のすべてに絶望したかのような暗い瞳に現実を映していた。

「……もともと、行くあてのなかったわたしを拾ってくださったのは、いまは亡き奥方さまだ」