誰かが意図的に仕組み、罪を被せようと画したにほかならない。
その場合、黒幕は明白だ。
宋妟は蕭家に陥れられ、命まで狙われた────。
生き永らえたものの、鳳家のために自身を殺し、別人として生きることに決めた。
それであれば筋が通っており、心証だけでも信じるに値すると思ったのだ。
「……そうか」
朔弦は短く答え、踵を返す。
彼女の不安気な眼差しがそれを追うと、そのことに気づいた彼は足を止めた。
「この話は、胸の内に留めておくことにする」
振り返ることなく告げられた言葉に、はっと顔を上げた。
遠ざかっていく彼の背を見つめる。
(信じて、くれた……)
ほっとしたやらありがたいやらで思わず込み上げる涙を押しとどめ、深く頭を下げる。
彼が門を潜って見えなくなるまで、ずっとそうしていた。
◇
鳳邸をあとにした朔弦は、馬で夜道を駆けながら思案する。
もしも宋妟があの日────宮殿から逃げたあと、兄である元明や鳳家の人間と接触していたら。
もしも隠遁するのではなく、表に出て無実を訴えていたら。
恐らく、現在の鳳家はない。
あのとき、宋妟が“鳳家から離れる”という判断を迅速に行ったことで、鳳家は守られたのだ。
彼がそうしなければ、罪人・鳳宋妟と鳳家は一緒くたにされていた。
非難の的となり、富も名声も権力も失っていたことだろう。
宋妟が“死んだ”ことにより、彼と鳳家は切り離され、守られたのである。
無論、何の爪痕も残らなかったかと言えばそうではない。
鳳家は宋妟が罪を犯したという負い目とも汚点とも言える出来事があったゆえに、十年前よりは少なからず勢力が衰えた。
宋妟がその爪痕を最小限におさえたため、最悪の場合よりは遥かにましだが。
また、宋妟亡きいま、元明たちも彼の罪が真実か否かを確かめる術がないために、権威の立て直しに手こずっているというのが現状である。
妃選びに王が介入すると決まったことで、反発する蕭派の人間たちはこのことを引き合いに出し、鳳派を蹴落とそうとするかもしれない。
『わたしの処遇はあなたに委ねます。 ……でも、覚えておいてください。春蘭は“何も知らない”のです』
「…………」
────何としても阻まなければ。
朔弦は手綱を握る手に力を込めた。
春蘭を信頼して守ることに、もはや迷いなど必要ないのだから。