それからしばらくの間、夢幻は洞穴内で療養生活を送っていた。
しかし、世辞にも居心地のいい快適な環境とは言えず、あらゆる意味で危険があったため、鳳家の領内に春蘭が住家を用意した。
住家と言っても響きほど立派なものではなく、長いこと放置されていた堂であったため、修繕や掃除が必要だった。
丹紅山の麓に佇む堂────仮に錦衣衛の兵たちが彼の生存を嗅ぎつけても、鳳家の名に守られているお陰で迂闊に踏み込めない場だろう。
それこそ勅命でも下されない限りは。
丹紅山そのものとはわけがちがう。
堂を整える作業にあたり、紫苑の手も借りることとなった。
かくして夢幻は堂へ住まうようになり、春蘭が中心となってその生活を保全するようになったのである。
世間的には死亡したことになっているが、念を入れて隠遁を徹底しているようだ。
それでも────こうして朔弦に露呈してしまったことを思えば、いずれ明るみに出ても不思議ではない。
「……わたしのほかに、夢幻が罪人だと知る人はいません」
その存在を把握している紫苑も光祥も知らなければ、無論のこと櫂秦も知らない。
春蘭でさえその正体を知らず、元明も弟の生存を知らないわけだ。
それぞれが誰かを守るべく貫かれてきた秘密なのである。
『もしや、腹心のおまえも知らないんじゃないか? あの者が抱えている秘密を』
『……そうですね、わたしも存じ上げません。ですから、探ろうとしても無駄ですよ』
紫苑のあの口ぶりからするに、春蘭の言葉は嘘ではないのだろう。
「……随分、正直になったな」
朔弦が静かに呟く。
その真意は相変わらず、露ほども読み取らせてくれない。
春蘭はわずかに俯いた。
「わたしは……朔弦さまが信じてくださるのを、信じるしかないですから」
「…………」
実際のところ、朔弦の中で既に答えは決まっていた。
普段ならば目に見えないもの、特に情などというものは信用しない。
だから、今回の結論は自分でも意外に思う。
春蘭に感化されたのだろうか。……そんなはずない。
そうではなく、少なくとも宋妟が罪人だと仮定すると、腑に落ちない点が多いのである。
そもそも書庫の門番兵を殺める動機がない。
宮中での殺人、そして放火。目立たぬよう息を潜めてきた宋妟が、そんな大事を起こすなど不可解でしかないのだ。
ひとえに家門のために動いてきた彼が、それを棒に振るような選択などするはずがない。