「……三年前のあの日、川べりに倒れてる夢幻を見つけました」
どこまでも過保護で離れようとしない紫苑に適当な使いを言づけ、ひとりで歩いていたときのことだった。
肩に矢傷を負って横たわっていた夢幻を発見し、息があることを確かめると、引きずってどうにか付近の洞穴まで運んだのだ。
医員を呼ぼうとしたのだが、朦朧とする夢幻に阻まれてしまった。
彼を洞穴に残し、せめてと創傷に効く薬材と乾いた衣の調達をしに市へ向かった春蘭は、その中途で思わぬものを目撃した。
錦衣衛の派出所前に掲げられた高札。
そこには、逃亡中の罪人たちの人相書きが何枚も掲示されている。
『え……?』
そのうちのひとつを見て息をのむ。
遠くからでは名前や罪状までは見えなかったが、人相書きを窺うことはできた。
先ほど春蘭が川から引き上げ、洞穴まで運んだあの男と瓜ふたつだ。本人で間違いないだろう。
混乱と恐怖が背筋を這った。
もしかすると彼は、刺客などではなく兵に追われていたのかもしれない。
だからこそ、人を呼ぶことを阻んだのかもしれない。
このまま洞穴へ戻っていいのだろうか。
それとも、いますぐ兵に伝えるべきだろうか。
恐ろしい事実にたどり着き、迷いながらもその手配書を間近で見ようと足を踏み出したとき、屋舎から出てきたひとりの兵がそれを剥がしてしまった。
塵のごとくくしゃくしゃに丸め、戻っていこうとする彼を反射的に追って引き止める。
『待って。何をしたんです?』
『ああ、これ? もう不要になったから剥がしたんだよ』
『不要っていうのは……』
もしや捕まったのだろうか。この隙に洞穴に踏み込まれて……?
瞬時にそんな可能性が過ぎったが、兵の返答は予想と異なっていた。
『死んだんだよ。追跡の最中、事故で』
────どうやら、あの彼は幸運にもそうして難を逃れ、命拾いしたようであった。
大急ぎで河原へ戻った春蘭は、そこで驚くべきものを目にした。
黒かったはずの彼の髪色が、月光をひとしずく溶かし込んだかのような白銀に変色していたのだ。
九死に一生を得たことを思えば、ありえないながらも受け入れるに足りたらしく、当人は困惑しながらもさほど狼狽えてはいなかった。
慣れない様子ながら丁寧に手当てをし、薪を集めて火を起こしてくれた春蘭を、彼はじっと眺める。
『……なぜ、助けてくれたのですか』