七年の歳月を経た頃、状況が一転した。
これまで一度も山から下りることなく、誰にも会うことなく、気が狂いそうになるような生活をしながら命を繋いできた。
この世の誰からも忘れ去られてしまったのではないかと、強烈な不安感に眠れない夜もあった。
そんな日々が唐突に終わりを告げたのである。
「いたぞ!」
山菜を求め洞窟から出た宋妟を指し、兵が叫んだ。
錦衣衛による捜索は、七年経っても続いていたようだ。それならばいっそのこと、忘れ去られている方がましだった。
とうとう鳳家の荘園へ踏み込んだ彼らが迫ってくる。
反射的に駆け出した。
追っ手はひとりやふたりではない。追跡は振りきれないだろう。
囲まれる前に大河へ飛び込むしかない。
やがて、頂上とほど近い崖の上に出た。
振り向けば、多くの兵たちが鐺鈀や剣、矢を構え、その切っ先を自分に向けていた。
じりじりと距離を詰めてくる兵と、絶壁に立つ宋妟。文字通り、背水の陣である。
「もう逃げられない。観念しろ、鳳宋妟」
兵のひとりが言った。
宋妟は一歩、二歩と後退して距離感を測りながら大河へ飛び込む隙を窺う。
こつ、と踵に小石が当たった。
わずかに見下ろせば、それが崖から転がり落ちていくのが見えた。
ここまでだ。これ以上は下がれない。
「……わたしは何もしていません」
「ならば、なぜ逃げるんだ?」
「それは────」
ひゅん、と突然何かが風を切る音がした。
直後、右肩に走った激痛に、宋妟は顔を歪めて肩を押さえる。
「!」
矢が刺さっていた。どくどくとあふれる血が、衣を赤く染め上げていく。
完全に不意を突かれた。頃合いを見計らっていたのは相手も同じだったのだ。
先ほどの射手が、再び弓を構えた。
今度は宋妟の心臓を目がけ、鋭く矢が放たれる。
「……っ」
咄嗟に左肩を後ろに引き、すんでのところで躱す。
矢は宋妟の真横をすり抜けていった。
しかし、険しい地に立っていたことに加え、手負いであることが災いした。
矢を避けたせいでよろめき、あえなく身体が宙へと投げ出されてしまう。
────断崖絶壁からみるみる転落していく。
やがて裾にある大河が飛沫を上げたのを、兵たちはその目で見た。
矢を受けた上にこの高さから落ち、無事でいられるはずがないだろう。
彼らがそう判断するまでに時間はかからなかった。
そうして、罪人・鳳宋妟は“死亡”したのである。