────鳳宋妟は、鳳家本家の次男として生まれた。
現当主である元明の実弟である。
十八歳の頃、国試に状元及第し、以降は若いながらも豊富な知識のもと、学府である国子監へ教官として務めていた。
当時はいまよりもさらに鳳蕭両家の政争が激しく、鳳家から首席での国試及第者が輩出されたことは、非常に大きな意味をもたらした。
しかし、鳳派の期待や蕭派の警戒とは裏腹に、引く手数多にも関わらず、宋妟は要職を望むことなく、また、そもそも宮中に留まることすらしなかった。
国子監は都にあるが、宮外の官庁であるため、それほど権限は大きくない。
間違いなく閑職と言わざるを得なかった。
それでも、就任先に国子監を選んだのは、宋妟に向上心がないからでは決してなかった。
しばらく大人しく息を潜めることで、蕭派の警戒が解けるのを狙ってのことである。
そうして瞬く間に二年の月日が流れ、宋妟が二十歳になった頃、宮廷から書状が届いた。
当時の王直筆の教旨である。
内容は“鳳宋妟を王太子専属の講師とする”というものであった。
宋妟自身は、宮殿へ務めるのは時期尚早だと感じていたのだが、鳳派官吏たちに適当な頃合いだと後押しされたため、結局拝命する運びとなった。
王から目をかけられ、太子の講師となった宋妟の存在は、それだけで蕭派官吏たちの危機感を煽った。
このままではいずれ朝廷で頭角を現し始め、脅威となるのではないか。
英賢なだけでなく、鳳姓を持ち、しかも王の庇護下にある────。
彼らを焚きつけるのに十分な条件が揃ってしまったのだ。
ある日、宋妟はひとり、宮中の書庫で太子の授業に適当な書物を探していた。
書棚から何冊か手に取り、卓子に並べていく。
「……?」
そんな折、唐突に室内に焦げ臭さが充満してきた。
異臭に気がつき、思わず顔をしかめながら手の甲を鼻に押し当てる。
辺りを見回すが、煙などは上がっていない。しかし、これだけのにおいということは火元は近い。
もしもこの書庫から出火したのであれば、火事の規模はとんでもないことになる。
宋妟は慌てながらも冷静に火元を探した。
書庫の中を見て回るが、特に異変はない。また、自分のほかに人はいないようだ。
「!」
楮紙の貼られた格子の扉を振り返り、驚愕した。
もう夜だというのに、真昼のように明るい。いつの間にか既に、燃え盛る炎に包囲されていた。