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 読んでいた書物(しょもつ)を閉じた夢幻は、物憂げに耳飾りに触れた。紫水晶が蝋燭(ろうそく)の灯りを弾く。
 (こずえ)の揺れるようなざわめきが胸の内で渦巻く。

(……いつまでも、隠し通せるものではありませんね)

 だんだんと堂へ迫ってくる馬蹄(ばてい)の音を聞き、胸騒ぎの的中を自覚した。
 キィ、と軋んだ音を発しながら扉が開く。

 涼やかな夜風が吹き込み、卓子(たくし)の上に灯る蝋燭が、そして連なる(しゃ)の裾がそれぞれまばらに揺れた。

 薄明るい堂内へ踏み込んだ朔弦は、紗の向こうに人影を捉える。
 慎重にかき分けて進むと、一枚残して立ち止まった。

「……どなたが何の御用でしょう」

 あくまで穏やかな声色で夢幻は問うた。

「────突然の無礼をお詫びします。わたしは左羽林軍将軍・謝朔弦と申しますが、貴殿は鳳宋妟殿でお間違いないでしょうか」

 膝を折った朔弦の丁寧な態度に、呆気(あっけ)に取られて気が抜けてしまう。
 警戒を募らせていた夢幻、もとい宋妟は一拍のちに思わずくすりと笑った。

 四年前、世を沸かせた稀代(きだい)の秀才。その(よわい)ではありえないほどの躍進(やくしん)を見せる、謝家の次期当主。
 近頃は春蘭に近づいた意図を読めずに、その存在が大いに気がかりとなっていたところだったが、まさかこのような形で相対する羽目になろうとは。

「朔弦殿。あなたの噂は聞いています。一度お会いしたかった。どうかお立ちに……わたしのような罪人に、礼を尽くす必要などありません」

 あくまで名門鳳家の人間に対する敬意を表した朔弦に、内心感謝しながらもそう言った。
 顔を上げた彼は言われた通りに立ち上がる。
 薄手の紗の奥で、宋妟が儚げな微笑をたたえているのが分かった。

「……本当に、罪人なのですか」

 朔弦は静かに尋ねる。紗越しに目が合う。

「ええ、罪人ですよ。……ただし、罪は犯していませんが」

 やはり、と思った。正直なところ、そんな気がしていた。
 莞永の持ってきた記録には確かに“放火”や“殺人”といった罪状が記されていた。
 しかし、その方がむしろ腑に落ちず、違和感がずっと拭えなかった。

 鳳宋妟が何者だったのか、朔弦も聞きかじった程度には知っている。
 以前の国試で自分と同じく首席及第し、鳳家や一族に尽くしてきた彼が、そのような直情的な愚行(ぐこう)に走るとは思えなかった。

 彼であれば、もっとうまくやったはずだ。
 あれほど()()()()()()罪の犯し方は似合わない。

「実際には何もかも冤罪です。ですが、世間的にはわたしは罪人でしかない。それがみなの“真実”ですから」

 嘘をついているとは思わなかった。
 いまさらそうしたところで意味などなく、朔弦がここへ来た理由を宋妟自身も分かっているようである。
 かくして、彼は滔々(とうとう)と語り出した────。