◇
王を陽龍殿へ送り届け、左羽林軍にある執務室へ戻る道中、背後から騒々しい足音が近づいてきた。
「将軍!」
聞き慣れたその声と足音の正体は莞永である。
朔弦の前で立ち止まり、慌ただしく一礼した。
「何かあったのか?」
書物を片手に息を切らせている彼は、どこか顔色が優れない。
異変を訝しんでいると、その書物を差し出された。
「これをご覧に……。過去のお尋ね者たちの情報が記録されたものです。あの銀髪の男……彼が誰なのか分かりました」
はっとして受け取った朔弦は、記録書を急いで捲る。
確かにその点は失念していた。
彼への既視感、その正体が高札に貼り出された“人相書き”であったとしたら────。
書物には罪人の名や罪状などの詳細情報とその顔が、それぞれ記録されていた。
「……!」
ぴた、と朔弦の手が止まる。見つけた。
莞永の言う通り、銀髪の男は確かに記録にあった。
朔弦が十年前に見た人相書きそのものである。
いまとは異なり髪が黒く、少しばかりあどけなさが残っているが、往来で目にした男の顔立ちと重なった。
指名手配されたのは十年前、彼が二十歳の頃だ。
罪状は、放火と殺人。
宮中の書庫で人を殺め、証拠隠滅を図って火を放った。
そのまま逃亡し、行方を晦ましたという。
彼の名は────鳳宋妟。
「鳳……」
「ですが、おかしいのです」
莞永は朔弦の手元を指した。
“本人死亡ニツキ、捜査打切”
記された不可解な一文に眉を寄せる。
宋妟のことは市で見かけた上、会話を交わしている場面も目にした。
確かに生きているはずだが、記録では死亡したことになっているのだ。
「……どういうことだ?」
「記録には日づけまでは残ってませんが、覚えてるんです。三年前、わたしが官衙にいた頃、鳳家出身の罪人が追跡中に亡くなったって話」
それを聞いて自ずと紫苑の言葉が蘇ってきた。
『彼とお嬢さまが出会ったのは三年前のことです。わたしも詳細や全容はよく分からないので、これ以上は何も……。ただ、朔弦さまでしたら────』
鳳家が記録を書き換え、彼を匿うために死を装ったのだろうか。
いや、と思い直す。
「……あの者が個人的に匿っているのかもしれない」
体裁か温情か、理由は分からないが、そう考えると市での様子にもその後の発言にも合点がいく。
瞠目した莞永が視線を彷徨わせた。朔弦もさすがに戸惑いを禁じ得ない。
「そんな……。清廉なお嬢さまが罪人を蔵匿するなんて信じられません。何かの間違いでは?」
いつもは私情を持ち出さない莞永だが、かなり動揺しているようだ。
しかし、それを咎めたり無視したりできるほど、朔弦も冷静ではなかった。珍しく。
そんな自分に驚いてしまう。
これまで散々疑惑を燻らせてきたというのに、いつの間にか春蘭を信じてみる気になっていたようだ。
「……今夜、鳳宋妟を訪ねることにする」
王を陽龍殿へ送り届け、左羽林軍にある執務室へ戻る道中、背後から騒々しい足音が近づいてきた。
「将軍!」
聞き慣れたその声と足音の正体は莞永である。
朔弦の前で立ち止まり、慌ただしく一礼した。
「何かあったのか?」
書物を片手に息を切らせている彼は、どこか顔色が優れない。
異変を訝しんでいると、その書物を差し出された。
「これをご覧に……。過去のお尋ね者たちの情報が記録されたものです。あの銀髪の男……彼が誰なのか分かりました」
はっとして受け取った朔弦は、記録書を急いで捲る。
確かにその点は失念していた。
彼への既視感、その正体が高札に貼り出された“人相書き”であったとしたら────。
書物には罪人の名や罪状などの詳細情報とその顔が、それぞれ記録されていた。
「……!」
ぴた、と朔弦の手が止まる。見つけた。
莞永の言う通り、銀髪の男は確かに記録にあった。
朔弦が十年前に見た人相書きそのものである。
いまとは異なり髪が黒く、少しばかりあどけなさが残っているが、往来で目にした男の顔立ちと重なった。
指名手配されたのは十年前、彼が二十歳の頃だ。
罪状は、放火と殺人。
宮中の書庫で人を殺め、証拠隠滅を図って火を放った。
そのまま逃亡し、行方を晦ましたという。
彼の名は────鳳宋妟。
「鳳……」
「ですが、おかしいのです」
莞永は朔弦の手元を指した。
“本人死亡ニツキ、捜査打切”
記された不可解な一文に眉を寄せる。
宋妟のことは市で見かけた上、会話を交わしている場面も目にした。
確かに生きているはずだが、記録では死亡したことになっているのだ。
「……どういうことだ?」
「記録には日づけまでは残ってませんが、覚えてるんです。三年前、わたしが官衙にいた頃、鳳家出身の罪人が追跡中に亡くなったって話」
それを聞いて自ずと紫苑の言葉が蘇ってきた。
『彼とお嬢さまが出会ったのは三年前のことです。わたしも詳細や全容はよく分からないので、これ以上は何も……。ただ、朔弦さまでしたら────』
鳳家が記録を書き換え、彼を匿うために死を装ったのだろうか。
いや、と思い直す。
「……あの者が個人的に匿っているのかもしれない」
体裁か温情か、理由は分からないが、そう考えると市での様子にもその後の発言にも合点がいく。
瞠目した莞永が視線を彷徨わせた。朔弦もさすがに戸惑いを禁じ得ない。
「そんな……。清廉なお嬢さまが罪人を蔵匿するなんて信じられません。何かの間違いでは?」
いつもは私情を持ち出さない莞永だが、かなり動揺しているようだ。
しかし、それを咎めたり無視したりできるほど、朔弦も冷静ではなかった。珍しく。
そんな自分に驚いてしまう。
これまで散々疑惑を燻らせてきたというのに、いつの間にか春蘭を信じてみる気になっていたようだ。
「……今夜、鳳宋妟を訪ねることにする」