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 王を陽龍殿へ送り届け、左羽林軍にある執務室へ戻る道中、背後から騒々しい足音が近づいてきた。

「将軍!」

 聞き慣れたその声と足音の正体は莞永である。
 朔弦の前で立ち止まり、慌ただしく一礼した。

「何かあったのか?」

 書物(しょもつ)を片手に息を切らせている彼は、どこか顔色が優れない。
 異変を訝しんでいると、その書物を差し出された。

「これをご覧に……。過去のお尋ね者たちの情報が記録されたものです。あの銀髪の男……彼が誰なのか分かりました」

 はっとして受け取った朔弦は、記録書を急いで捲る。
 確かにその点は失念していた。
 彼への既視感、その正体が高札(こうさつ)に貼り出された“人相書き”であったとしたら────。

 書物には罪人の名や罪状などの詳細情報とその顔が、それぞれ記録されていた。

「……!」

 ぴた、と朔弦の手が止まる。見つけた。

 莞永の言う通り、銀髪の男は確かに記録にあった。
 朔弦が十年前に見た人相書きそのものである。
 いまとは異なり髪が黒く、少しばかりあどけなさが残っているが、往来(おうらい)で目にした男の顔立ちと重なった。

 指名手配されたのは十年前、彼が二十歳の頃だ。
 罪状は、放火と殺人。

 宮中の書庫で人を(あや)め、証拠隠滅を図って火を放った。
 そのまま逃亡し、行方を(くら)ましたという。

 彼の名は────鳳宋妟(そうあん)

「鳳……」

「ですが、おかしいのです」

 莞永は朔弦の手元を指した。

“本人死亡ニツキ、捜査打切”

 記された不可解な一文に眉を寄せる。
 宋妟のことは市で見かけた上、会話を交わしている場面も目にした。
 確かに生きているはずだが、記録では死亡したことになっているのだ。

「……どういうことだ?」

「記録には日づけまでは残ってませんが、覚えてるんです。三年前、わたしが官衙(かんが)にいた頃、鳳家出身の罪人が追跡中に亡くなったって話」

 それを聞いて自ずと紫苑の言葉が蘇ってきた。

『彼とお嬢さまが出会ったのは三年前のことです。わたしも詳細や全容はよく分からないので、これ以上は何も……。ただ、朔弦さまでしたら────』

 鳳家が記録を書き換え、彼を(かくま)うために死を装ったのだろうか。
 いや、と思い直す。

「……あの者が個人的に匿っているのかもしれない」

 体裁(ていさい)か温情か、理由は分からないが、そう考えると市での様子にもその後の発言にも合点がいく。
 瞠目(どうもく)した莞永が視線を彷徨わせた。朔弦もさすがに戸惑いを禁じ得ない。

「そんな……。清廉(せいれん)なお嬢さまが罪人を蔵匿(ぞうとく)するなんて信じられません。何かの間違いでは?」

 いつもは私情を持ち出さない莞永だが、かなり動揺しているようだ。
 しかし、それを咎めたり無視したりできるほど、朔弦も冷静ではなかった。珍しく。

 そんな自分に驚いてしまう。
 これまで散々疑惑を(くすぶ)らせてきたというのに、いつの間にか春蘭を信じてみる気になっていたようだ。

「……今夜、鳳宋妟を訪ねることにする」