「……?」

 煌凌は何のことだかさっぱり分からず、内心首を傾げながら朔弦と太后を見比べる。
 いったい何の話をしているのだろう。

 ────毅然(きぜん)としているが、朔弦の言葉ははったりだった。
 結局、あのままうやむやにされてしまったために“あの件”の全容は分からずじまいである。
 確信に近い予想はついても、やはり心証でしかない。

 それでも、太后を動揺させるには十分だった。

「……偽りを申すな。当時の経緯(いきさつ)を知る者は、確かに残らず消した」

 たまらずそう口走ってしまうが、朔弦はすぐさま「いいえ」と否定する。

「当時仕えていた女官がひとり、生き残っていたのです。その者がすべて口を割りました。我々が保護しているので、いまさら命を狙っても無駄です」

 太后は声を詰まらせ、わなないた。見張った双眸(そうぼう)が揺れ、開いた口が塞がらない。

 嘘だ、そんなわけがない、と思っても強気に一蹴することができないのは、(ほうむ)ったその真実が身を滅ぼすに値するほどの弱みであるせいだ。

「いますぐ真実を(おおやけ)にすることもできます。しかし、妃選びを目前にしたこの大事な時期に、国を揺るがすようなことはしたくない。民を悲嘆させることは、太后さまとて不本意でしょう」

 白々しい朔弦の言葉に、太后は円卓の上できつく拳を握り締める。

(心にもないことを……。妾を脅す材料に使う気だな)

 やはり、彼を敵に回したのは間違いだった。
 あのとき悠景ともども潰せていればよかったが、生還した以上、こうして楯突くことは避けられなかっただろう。
 非常に邪魔な存在となることも、その英明さが毒となることも覚悟していたはずだった。

 それでも、想像以上である。
 名ばかりの王が、そんな彼を味方につけたというのも誰が予想できただろう。

「……回りくどい建前などもはやいらぬ。何が望みだ」

 太后は懸命に怒りをおさえ、低い声で問うた。

 いまは大人しくするほかない。
 同席している王の手前、下手なことを口走るわけにはいかなかった。
 軽はずみで感情的な言動は控えるべきだと、必死で自制心をはたらかせる。

「取り引きいたしましょう」

 朔弦は強い眼差しを向け、堂々と持ちかける。

「要求は文官(がた)と同じです。陛下に審査権を分与し、公平な妃選びを行うこと」