「しかし、(あなど)ってはなりませんぞ」

 容燕が厳しい声色で言う。

「連中を軽んじて扱いを誤れば、足をすくわれましょう。腐っても鳳家を後ろ盾に持つ者たちです。太后さまを廃后(はいこう)に追い込むことも不可能ではない。ここで太后さまが崩れたら、我らは終わりなのですぞ」

 あくまで慎重な姿勢で危機感を示され、太后は不快そうに眉をひそめた。

「口を慎め。そなたこそ妾を侮るでない」

 太后は状況を楽観視していたわけではなく、ただ強がっていただけであったようだ。
 容燕が真理を突きつけたことで不興(ふきょう)を買ったらしい。

「いいえ、感情的になるのは控えられよ」

 しかし、太后の威圧に怯む容燕ではなかった。
 引けを取らないほどの凄みをきかせ、悠々と立ち上がる。

「王ごときに審査権を渡してはなりません。よいですね?」

 念を押すように圧をかけてから、(きびす)を返して庭院へ出た。
 そこで座り込みをする文官たちに鋭い視線を注ぐと、身のほど知らずどもが、と心の内で毒づく。
 非難じみた不機嫌そうな咳払いを残し、容燕は福寿殿をあとにした。



「…………」

 唇を噛み締めた太后はきつく拳を握る。
 誰も彼も何事も思い通りにいかない。
 鳳派からも容燕からも圧迫されている現状が、ひどく腹立たしい。

『妃は、余が選びます』

 まさかあの気弱な王が、実際に事を起こすとは。
 元明や鳳派官吏を駒にすることが可能であるとは、正直なところ計算外であった。
 王が妃に迎えたい相手とは、本当に元明の娘なのだろうか。

「主上!」

 そのとき、外が騒がしくなった。文官たちのそんな声が聞こえてくる。
 何ごとかと顔をもたげれば、控えていた女官が飛び込んできた。慌てたように取り次ぐ。

「太后さま、陛下がお越しです」

 戸惑ううちに、王が朔弦を伴って入ってきた。
 意外な組み合わせと突然の来訪に驚いてしまうが、表に出さないよう平静を装う。

「……何の用です?」

 大方、文官たちの示威行動を出しにして、審査権の分取りを請いにきたのだろう。
 彼らの行動がその口実にするためのものである以上、当然といえば当然だ。

「────太后さま。“あの件”について、既に調べはついています。陛下も全容をご存知です」

 顔色ひとつ変えず、口を開いたのは朔弦だった。
 予想と反する上、その内容に驚愕した太后は息をのむ。

『“あの件”っていったい何ですか』

 以前、彼の叔父である悠景に問われたことを思い出す。
 そのときも沈黙を貫き、無論ほかの誰にも話したことはない。
 そんな太后の“弱点”を知る者は、いまとなっては太后自身と容燕のみである。
 どこからも情報が漏れるはずがなく、調べはついている、などありえない。