「何だ? そなたの頼みは断らぬ」
内容を聞くより先に允許され、朔弦は顔を上げる。
拍子抜けするが、しかし、こうでなくては。
示威行動は確かに太后を揺さぶるにあたって効果的であるものの、さらなる追い討ちがなければ丸め込むには至らないだろう。
そのひと押しを担うのが自分の役目である。
ただし、それには王である煌凌の存在が必要だった。
「わたしとともにいてくださるだけで構いません。ひとことも話さずとも結構です。なので……何も聞かず、ついてきていただけませんか」
◇
左羽林軍の修練場は、蒸したような熱気に覆われていた。
兵たちが木刀で素振りをしたり手合わせをしたりと剣の稽古を行う中、野太いかけ声や木刀同士のぶつかる激しい音が反響している。
彼らの指導官にあたる莞永は、庇の下に座り込んだままぼんやりとしていた。
その目に兵たちの暑苦しい姿を映してはいるものの、心ここに在らずといった様子である。
「どうかしたんすか? 莞永さん」
ふと旺靖は素振りの手を止め、不思議そうに歩み寄った。
それで我に返ったらしく、はっとした莞永は咄嗟に笑って誤魔化す。
「え、ううん。何でもないよ」
「何か考えごとっすか。……あ、好きな人でもできたとか!」
隣に腰を下ろした旺靖は得意気に尋ねた。
にやにやと頬を緩め、莞永をからかう。
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ何すか? 何を考え込んでるんです?」
普段は人一倍、稽古に熱心な莞永である。これほどに気が抜けているなんて珍しい。
よほど深刻な悩みを抱え込んでいるのだろうか。
「うーん、と……。たとえばなんだけど」
「はい」
「初めて会ったはずなのに見覚えがある、みたいな人っているよね? 何で覚えがあるのか思い出せなくて、ずっともやもやしてるんだ」
正確には莞永ではなく、朔弦が、である。
莞永としては彼の既視感の正体を探り当て、早いところ“らしくない”調子から抜け出して欲しいと思っていた。
密かに探るのは断られてしまったが、そのためにできることがないかを考えていたところだ。
「ずっと前に会ったことがあるとかじゃないすか?」
「いや……でも、知り合いとかじゃないんだよ」
「じゃあ……ごく短い時間だけ喋ったとか。それか、直接じゃないとか?」
旺靖の言葉に首を傾げる。
直接会わずしてその姿を見た、とはいったいどのような状況だろう。