しかし、これまた元明の言うように、いままで何もしてこなかったことへのつけが回ってきたも同然だ。
 ここでふてくされて諦めたら、不甲斐ない王のまま何も変わらない。

(よし、もう一度……)

 気合いを入れ直して顔を上げたとき、外から取り次ぎの声がかかった。
 朔弦が謁見に来たようだ。

 彼から形式的な一礼を受けた王は首を傾げる。

「昨日は何かあったのか?」

 実のところ昨晩の時点で“文官懐柔(かいじゅう)作戦”の経過報告として彼が(おとな)う予定だったのだが、急遽、明朝伺うことにする旨と謝罪を莞永から伝え聞いたのだった。
 昨晩でもいまでも、どのみち結果は同じだったが。

「……職務に追われておりました。約束を守れず、申し訳ありません」

 鳳邸を訪ねたことや春蘭の身に起きたことは、ひとまず黙っておくことにした。
 ああして無事だった以上、ただでさえ苦労の絶えない王に余計な心労をかけるべきではないだろう。

「いや、そなたが謝ることはない。余が無理を言っているのだから……」

「────さっそくですが、進捗(しんちょく)を伺っても?」

「う、うむ。実は元明にもわけを話し、協力してもらった。鳳派の者たちはみな、意に沿ってくれるそうだ」

 朔弦は素直に感心した。彼がいまできる、唯一にして最大限の成果を得られる行動を自ずからとってくれたことに。
 名ばかりで無力な王ながら、鳳家当主・元明と親交が深いという一点だけが、朝廷においては希望をもたらしている。

 鳳派が従ったのは王でなく元明だとしても、この際同じことだ。
 元明としても、娘を利用して鳳家勢力を拡大させるまたとない機会になる。それを逃しはしないだろう。
 そのために王への協力は惜しまないはずだと、朔弦は思った。

「陛下にしては上出来です」

 毒舌は相変わらずだが、それでも彼なりの賛辞だといまなら分かる。
 認めてもらえたことが煌凌は嬉しかった。

「よかった。ならば、これで────」

「ええ、太后さまを説き伏せる材料が揃ってきました。さっそく示威(じい)行動を起こしていただきましょう」

 煌凌はふとその言葉に引っかかりを覚える。

「揃ってきた? もしや、それだけでは足りぬのか?」

「そうですね……。恐らくは」

 そう首肯を添えられても、煌凌にはぴんとこない。いったい何が足りないと言うのだろう。

 以前、朔弦が言っていたように、太后とて文官たちの意を無下にはできないはずだ。
 まして鳳派に名を連ねる(おみ)たちがこぞって主張すれば尚のこと。

 しかし、考えあぐねる煌凌に構わず、朔弦は改まった調子で「陛下」と呼ぶ。

僭越(せんえつ)ながら、ひとつ頼みがあります」