相も変わらず本心の見えない声色で言った朔弦を、紫苑は慎重に見返した。

 どうしても、腹の探り合いになるのが惜しく心苦しい。

 朔弦とて春蘭を憎んでいるわけではないと分かっている。だからこそ、現状がもどかしい。
 “秘密”という障壁がなくなれば、彼は脅威でもなくなる。
 そうなれば、双方が足りない部分や欠けた部分を補い合えるような、強力な味方同士になりうるのに。

 秘密が暴かれることは、春蘭にとって必ずしも悪いことではないのではないだろうか。
 そんな一種の賭けにも似た期待が胸を掠めたときにはもう、紫苑は口を開いていた。

「────わたしは、秘密そのものは存じ上げませんが、お嬢さまの嘘を知っています」

 思わぬ言葉に朔弦の反応が一拍遅れる。
 驚きと訝しむ思いとが入り交じり、眉をひそめた。

「なに?」

「例の銀髪の男。彼は夢幻という通り名で、年齢も素性も何もかも不明なのですが、突然降って湧いたわけではありません」

 顔を上げた紫苑は真剣な眼差しで朔弦を捉える。

「彼とお嬢さまが出会ったのは三年前のことです。わたしも詳細や全容はよく分からないので、これ以上は何も……。ただ、朔弦さまでしたら────」



     ◇



 夜が明けた。
 陽龍殿へ戻った煌凌はそのまま書卓(しょたく)に突っ伏す。頬を押し当て力なく項垂(うなだ)れる。

「はぁぁ……」

 深い深いため息をついた。その口から魂魄(こんぱく)が抜けていく様が、清羽には見えたような気がした。

「へ、陛下! お気を確かに……!」

「もう、余はどうすればよいのか分からぬ……」

「……心中お察しします」

 元明の言葉を受け、煌凌は文官たちに話を通すべく自ら足を運んで回ったのだが、ことごとく門前払いを食らい袖にされた。
 いまのところ誰ひとりとして話を聞いてくれていない状況である。

 本来であれば、ありえない対応であった。
 王に対する敬慕も畏敬(いけい)もあったものではない。これでは面目も丸潰れだ。

 すっかり心が折れてしまい、意気消沈、戦意喪失状態ですごすごと引き揚げてきたところであった。