◇
「……おまえが差し向けたんだな。あの居候男を」
庭院へ出ると、朔弦は紫苑に言った。
問うというよりは確かめるような口調だったが、紫苑は平然と素知らぬふりをする。
「何のことでしょうか」
涼しい顔の彼を一瞥し、気に留めることなく朔弦は悠然と後ろで手を組む。
夜空を仰げば、濃紺の空にいくつかの星が瞬いていた。
「────以前、あの者を守るために生きていると言っていたな」
朔弦が初めて鳳邸を訪れたときのことだ。
『おまえは随分とあの者を慕っているように見受けたが』
『ええ、わたしはお嬢さまをそばでお守りするために生きていますので』
彼は至極当然といった態度で言いきった。その眼差しに曇りはなく、どこまでもまっすぐに澄んでいた。
それだけが使命であると、信じて疑っていないように。
「いまも変わらないか」
「……当然です。わたしの命はお嬢さまのためにあるのですから」
「それにしては、どこか“迷い”が見えるが」
一瞬、紫苑の双眸が明らかに揺らいだ。
あのときの彼から窺えた、春蘭に対する絶対の信頼。
それがいまは、少し霞んでいるように感じられる。
「…………」
自身も認めたくなかった事実と、無理矢理にでも向き合わされる。
変化を認めざるを得ないのが情けなく、そして春蘭に申し訳ない。
「もしや、腹心のおまえも知らないんじゃないか? あの者が抱えている秘密を」
どきりとした。跳ねた心臓の刻む素早い鼓動が、内側から追い込んでくる。
自ずと夢幻のことが浮かんだ。
解せないのは、彼の存在か、春蘭の態度か、どちらなのだろう。
そう考えて不意に思いついた。
春蘭が不可解な言動をするときはいつも、夢幻が関わっていた。
彼女が隠そうとしているのが彼の存在であり、その理由を言えないからこそ、相対的に“秘密”が膨れ上がって収拾がつかなくなっている。
湧き上がる疑念や不信感に蓋をして、見ないふりを決め込んできたのは、春蘭を疑いたくないからだった。
信じられなくなるのが、何よりも恐ろしかった。
「……そうですね。わたしも存じ上げません。ですから、探ろうとしても無駄ですよ」
紫苑は穏やかに笑んだ。
朔弦による揺さぶりは、彼に対しては効いていないように一見感じられた。
それほどまでに、主に対する信頼が厚いのだろうか。
あるいは春蘭の秘密に匹敵するようなそれを、彼もまた抱えているのだろうか。そのために理解があるのかもしれない。
直感的にそんなことを思った。思わされた。
「残念だ」
「……おまえが差し向けたんだな。あの居候男を」
庭院へ出ると、朔弦は紫苑に言った。
問うというよりは確かめるような口調だったが、紫苑は平然と素知らぬふりをする。
「何のことでしょうか」
涼しい顔の彼を一瞥し、気に留めることなく朔弦は悠然と後ろで手を組む。
夜空を仰げば、濃紺の空にいくつかの星が瞬いていた。
「────以前、あの者を守るために生きていると言っていたな」
朔弦が初めて鳳邸を訪れたときのことだ。
『おまえは随分とあの者を慕っているように見受けたが』
『ええ、わたしはお嬢さまをそばでお守りするために生きていますので』
彼は至極当然といった態度で言いきった。その眼差しに曇りはなく、どこまでもまっすぐに澄んでいた。
それだけが使命であると、信じて疑っていないように。
「いまも変わらないか」
「……当然です。わたしの命はお嬢さまのためにあるのですから」
「それにしては、どこか“迷い”が見えるが」
一瞬、紫苑の双眸が明らかに揺らいだ。
あのときの彼から窺えた、春蘭に対する絶対の信頼。
それがいまは、少し霞んでいるように感じられる。
「…………」
自身も認めたくなかった事実と、無理矢理にでも向き合わされる。
変化を認めざるを得ないのが情けなく、そして春蘭に申し訳ない。
「もしや、腹心のおまえも知らないんじゃないか? あの者が抱えている秘密を」
どきりとした。跳ねた心臓の刻む素早い鼓動が、内側から追い込んでくる。
自ずと夢幻のことが浮かんだ。
解せないのは、彼の存在か、春蘭の態度か、どちらなのだろう。
そう考えて不意に思いついた。
春蘭が不可解な言動をするときはいつも、夢幻が関わっていた。
彼女が隠そうとしているのが彼の存在であり、その理由を言えないからこそ、相対的に“秘密”が膨れ上がって収拾がつかなくなっている。
湧き上がる疑念や不信感に蓋をして、見ないふりを決め込んできたのは、春蘭を疑いたくないからだった。
信じられなくなるのが、何よりも恐ろしかった。
「……そうですね。わたしも存じ上げません。ですから、探ろうとしても無駄ですよ」
紫苑は穏やかに笑んだ。
朔弦による揺さぶりは、彼に対しては効いていないように一見感じられた。
それほどまでに、主に対する信頼が厚いのだろうか。
あるいは春蘭の秘密に匹敵するようなそれを、彼もまた抱えているのだろうか。そのために理解があるのかもしれない。
直感的にそんなことを思った。思わされた。
「残念だ」