春蘭は櫂秦のことごとく礼儀を欠いた扇動にはらはらしたが、実際のところ彼が来てくれなければ危うかった。
それこそつけ込まれ、口を開くほかなくなっていたかもしれない。
「…………」
ふ、と朔弦は微かに笑った。鼻先で笑うような冷ややかなそれだった。
「いつの間にか“番犬”が増えたようだな」
真意の覗けない言葉だ。わずかに身を起こした櫂秦は真剣な面持ちになる。
何ごとか返す前に朔弦は春蘭に向き直った。
「案じて寄っただけだ。……無事ならそれでいい」
薄くなっていた空気からふっと重みが抜けていく。
「煩わせたのなら悪かったな。しかと養生しろ」
「……はい。ありがとうございます」
静かに扉が閉まり、室内から朔弦の気配が消えると、それぞれが肩から力を抜いた。
櫂秦は呆れたように息をつく。
「……おまえなぁ、隠しごとすんならもっとうまく誤魔化せよ」
「だ、だって急だったんだもの」
不意を突かれ、すっかり動揺させられた。狼狽えてしまった。
それこそが狙いだったのだろうが。
「でも、ありがとう。櫂秦のお陰で何とか……」
「いや、俺は紫苑に言われただけだ。やばそうなときは突入して助けろ、って」
「紫苑、に?」
どう解釈すべきか迷った。
春蘭の隠したいことは、紫苑にも明かせていない。
そのことを不服に思うでもなく、ただ守ってくれようとするとは。
惑うような春蘭の様子を見た櫂秦は、ふと逸らした視線を宙に投げる。
「……あいつ、案外マジでいい奴かもよ?」
「朔弦さまのこと?」
「ああ。探りを入れるのはついでで、純粋におまえを心配してたように見えたし」
だから、頑なに一線を画そうと突き放さずとも、いっそのこと秘密を共有してはどうなのだろうか。
自分や紫苑にはどうにもできないほど重いそれでも、地位や頭脳を持ち合わせた彼ならばあるいは────。
櫂秦の言いたいことはそういう意味だ。
春蘭は一度口を噤み、眉を下げて俯く。
「……そうね、わたしもそう思う」
「だったら────」
「でも無理なの。朔弦さまみたいな公人には特にね」
そう言われ、櫂秦ははっとした。
自ずと導き出された推測は、しかし“ありえない”と否定しようとすればするほど逆に確信をまとっていく。
そしてそれを胸の内だけにとどめておけるほど、冷静ではなかった。
「おまえの秘密って……まさか、犯罪絡みなのか?」