鳳家にも引けを取らない広大さを誇り、高雅な構えの屋敷が屹立していた。
庭院には立派な松や竹が聳え、至るところに美しい景石が並ぶ厳然たる造りである。
「……こちらへおいでください」
ふと声をかけられ、春蘭はそちらを向いた。姿を現したのは、以前に帆珠とともにいた侍女だ。
そばかすの特徴的な彼女は、歳は自分たちとさほど変わらないだろう。
「お嬢さまが池亭でお待ちですよ」
露骨に投げやりな言い方であった。帆珠の意に従っているのか侍女自身の意思なのかは分からないが、どうやら快く思われていないようだ。
前庭に広がる蓮池の中には中島があり、そこには閑雅な池亭が佇んでいた。
先導する千洛について、低い欄干をそなえる朱塗りの木道を歩いていく。
「帆珠は葵州出身だったわよね?」
何気なく声をかけると、ぴたりと千洛が足を止めた。勢いよく振り向くなり咎めるように睨みつけてくる。
「言葉に気をつけてください! 帆珠さまです。名門蕭家のご息女なんですよ?」
「えっと……」
「あなたがどこの家の方かは知りませんけど、お嬢さまの前で何か粗相をすれば一家が滅びると思ってください」
気に食わない相手は、誰であろうと父親の権力を利用して破滅に追い込むというわけだろう。
とことん専横的で身勝手極まりない。
「────あら、逃げずに来たのね」
池を渡りきると、池亭の方から帆珠の声が響いてくる。
千洛は慌てて一礼した。
「千洛、もう下がっていいわ。あんたはこっち来て」
呼び寄せられた春蘭は素直に従い、東屋へと踏み入れる。
石製の円卓を挟んで向かい合うように座った。卓上には茶器が並んでおり、鮮やかな海棠の花枝が飾ってある。
春蘭は持参した包みの布を広げ、漆箱を取り出すと帆珠に差し出した。
「お招きありがとう。これ、あなたの口に合うか分からないけど」
「……ふん、わざわざ悪いわね。どうも」
その場で払い除けるという選択肢もよぎったが、最低限の理性と令嬢としての矜恃により思いとどまる。卓の端の空いた部分に寄せて置いた。
「今日はわたしたちふたりかしら」
「まさか。あとで来るわよ」
そう答えた帆珠が不意に動きを止める。
「それより……あのときはよくも恥かかせてくれたわね」