容燕にとって妃選びは、娘を王妃の座に就けるための口実に過ぎない。

 実のところ容燕は、しきたりに(のっと)った公平な妃選びなど最初から行う気はなかった。
 野心を全うするのに、正道を行く必要はない。

「ですが……主上の鳳元明に対する信頼は厚く、奴の娘を贔屓(ひいき)するのでは────」

「妃選びは王室の女人がとり仕切り、国中の令嬢たちの中から相応しい者を揀択(けんちゃく)するもの。後宮の事情には、王とて軽々しく口は出せん」

 やはり切り札は太后である。
 今日のところの悠景たちの申し入れは、結果としてこの上なく好都合なものであった。

 太后がこちら側についたとなれば、妃選びで帆珠を取り立てさせればよいだけだ。
 今度こそ、高官たちは口を噤んだ。

 実現すれば、蕭家の権力はいかばかりになるだろう。
 王太后、王妃、そして臣下────すべてが蕭家側の人間になれば。

 容燕は一旦、深く呼吸をした。
 (たぎ)るような興奮を何とかおさえ込む。

 間違いなく、王は完全なる傀儡(かいらい)となるだろう。

 名ばかりの王。
 実質的な権力者は容燕ということになる。

 いまも既にその()があるが、まだ不完全であった。
 ただ、そんな世は遠くない。

 容燕は低く笑いながら、顎にたくわえた髭を撫でた────。



     ◇



「ふ……、ふふ」

 不気味な笑い声が福寿殿にこだましていた。

「従順でいろ、だと? 小癪(こしゃく)な老いぼれが」

 太后は怒りに顔を歪め、卓子の上できつく手を握り締める。
 爪の食い込む痛みも忘れるほど、己の中に渦巻く激情に飲まれていた。

「…………」

 悠景と朔弦は密かに顔を見合わせる。
 太后は情緒が不安定であるようだった。あるいは怒りが度を超えると、笑いに変わるものなのだろうか。

 本来なら敵であるはずの蕭容燕に腰を低めて取り入らなければならないのだから、致し方ないのかもしれないが。

「……ひとつ、お聞きしても?」