一拍の躊躇もなく、風呂敷包みを差し出す。
「百馨湯です。必要としている人たちに配給してくれませんか?」
思わぬ言葉に驚いたのは、榮瑶だけでなく櫂秦も同様であった。
「おい! そんなことしていいのかよ? こいつ、信用できるか分かんねぇんだぞ」
やはり蕭家と紅蓮教の癒着自体は間違いない事実なのだ。
榮瑶も蕭一族である以上、連中の一味という可能性は捨てきれなかった。この気弱ぶりはすべて演技で、騙し討ちしようという魂胆かもしれない。
それなのに百馨湯を、こんなに貴重かつ重要な代物を易々と渡してしまうなど素直に賛成できるはずがない。
紫苑は答えなかった。一瞥もくれず、榮瑶を見据えたまま逸らさない。
「はい……!」
戸惑ったように立ち尽くしていた彼は、ややあって決然と包みを受け取った。しっかりと両手で抱える。
その様を見た紫苑は今度こそ櫂秦に向き直った。
「それも」
「……マジで?」
「早く」
「…………」
正直なところ気乗りはしない。自分たちの手で配った方が確実だからだ。
突然現れた柊州州牧、それも蕭姓を持つ者を、無条件で信用しろと言う方が無理な話である。
しかし、紫苑に譲歩する気配はなかった。わざわざ反目してまでひとりで配給にあたるのは賢明ではないだろう。
「……くそ、分かったよ」
渋々ながら櫂秦も包みを下ろした。
「どうなっても知らねぇからな。不都合が起きたらおまえが春蘭に怒られろよ。そんで百馨湯も弁償してくれ」
「ああ」
こともなげに頷く声を聞きながら、櫂秦は榮瑶に投げ渡した。
じっと紫苑を見つめる。こうもまるきり何を考えているのか分からないのは初めてだ。
「一度にまとめて配給する必要はありません。肝心なのは連中にばれないことと、人々に行き渡ること……堅実にお願いします」
……こく、と榮瑶は力強く頷く。
いまの自分が担える唯一の仕事である。彼らの信頼に感謝し、応えるためにも尽力しなければ────。
◇
迎えた茶会当日────日が昇ると、一台の軒車が蕭邸の門前に停まった。
馭者が扉を開ける。そのまま降りていこうとした春蘭の腕を、咄嗟に芙蓉が掴んだ。
「お嬢さま……本当におひとりで大丈夫ですか?」
「平気よ、お茶を飲むだけだもの。心配しないで」
「でも……」
「一刻経ったらまた迎えにきてくれる? その頃には紫苑たちも柊州から帰ってきてるはず。……それじゃ行ってくるわね」
不安気な面持ちの芙蓉に気丈な微笑みを向けると、春蘭は小包を片手に門を潜った。