それを聞き、ぎりぎりと容赦なく締め上げていた櫂秦はふっと緩めた。
その隙を見計らい、榮瑶は飛び退くようにしてふたりから距離を取る。
顔を歪めたまま「いたたた……」と腕をさすっているが、逃げ出そうとする気配はない。紫苑は静かに剣を鞘におさめた。
「あ、あの……あなたたちは?」
「通りすがりの流浪人だ。んなことどーでもいいだろ。それより“掟”って何だよ?」
櫂秦は身元を誤魔化しつつ、ずけずけと踏み込んでいく。
「あ、その……紅蓮教とかいう邪教が勝手に定めた決まりごとがあるんです。“戌の刻以降は外出禁止”って」
不気味なほど人気がなかった理由に合点がいった。その掟とやらは櫂秦が柊州を出るよりあとに規定されたものであるらしい。
「おまえは何でうろうろしてんの?」
「見回りですよ! 州牧としての責務がありますから」
「……州府は機能しているのですか? もといた州牧たちは逃げ出したという話でしたが」
「そう、ですね。僕も実務は何も……。連中は僕の州牧就任だけを許し、その権限を取り上げたんです。僕には何の力もありません。責務とか言いましたけど、要は自己満足ですね」
自嘲気味な言葉尻で、表情は見えずとも力なく笑う姿が想像できた。
「……さっき、父親に命じられたとか言ってたよな。なのに何でそんなお飾り状態なんだよ?」
榮瑶は蕭家の人間であるはずなのに、紅蓮教のことを“邪教”と称したり、その教徒のことを“連中”と言ったりしたのが気になった。
紅蓮教徒と蕭家の者を柊州に置くことで、実質的な支配権は容燕が握っているのかと思っていたが、榮瑶の口ぶりには違和感がある。
蕭家と紅蓮教は手を組んでいるはずなのに、敵意や悲嘆が滲み出ていた。
「あ、蕭容燕の息子って言っても……僕は庶子なんです。父上は嫡子以外には興味がないみたいで。僕が官吏になっても、中央には置いてくれなくて」
「…………」
「せっかく官吏になれたのに、何もしないなんて嫌で。毎日、しわひとつない官服を見るたび悔しくて……。父上に頼みました。朝廷に身を置けなくてもいい、せめて何か仕事が欲しいって」
「……それで名ばかりの州牧というわけですか。中央から爪弾きにできる上、蕭姓の者を柊州に置いておけば容燕にとって都合がいいから」
「世知辛いなぁ。どいつもこいつも……我が子でも冷遇して」