帰着した春蘭は、庭院(ていいん)を眺める形で紫苑とともに套廊(とうろう)へ腰を下ろした。
 ちょうど鏡池の(ほとり)を散策していた櫂秦も上がり、欄干(らんかん)部分に腰かける。

 謝家別邸でのこと、朔弦が指南役についたことを彼らに伝えておいた。

「────あとね……蕭帆珠に会ったわ」

 紫苑ははっと目を見張る。
 少し間はあったものの“蕭”という姓に櫂秦もぴんと来たようだ。

「何ゆえ蕭家の娘に……?」

「往来で偶然会ったの。それでちょっとしたいざこざがあって……お茶会に招待されちゃった」

「いざこざがあったのに仲よく茶飲むのか? 令嬢社会ってよく分かんねぇな」

 櫂秦が不可解そうに顔をしかめる。春蘭にだってよく分からない。

「本当よね。何で誘われたのかしら……」

 それで仲直りしよう、などというわけでも無論ないだろう。
 とてもそんな態度ではなかった上、帆珠がそんな性分でないことももう十分すぎるほど分かった。

「何かを企んでいそうで不気味ですね」

 はっきり言って嫌な予感しかしないが、彼女が何を目論(もくろ)んでいるのか見当もつかないところが不安感に拍車をかけていた。
 とはいえ、朔弦の言う通り選択肢はない。

「何とかうまくやってくるわ」

「…………」

 ふと櫂秦は顔をもたげ、庭院の方に顔を向けた。
 しかしその眼差しは視界の内のどこにも焦点が合っておらず、ここではない遠くを眺めている。

 目標へ向け一直線にひた走る懸命な春蘭の姿を目の当たりにし、つい考えに(ふけ)った。

 自分の目的は、商団および楚家の復興と紅蓮教を打ち倒すことである。
 そのためには蕭家を破ることも視野に入れなければならない。
 紅蓮教を単体で相手取って潰したところで、蕭家が存続している限りはまた“次の紅蓮教”が現れるのみだろう。

 じっと春蘭を見つめた。

 蕭家を成敗(せいばい)せんと奮闘する彼女とは意思の統一を果たせるはずだ。
 それならば櫂秦としては成しうる限り春蘭に協力し、その一縷(いちる)の望みに懸けるべきなのではないだろうか。

 ……いや、そんな打算的な思惑はいらない。
 ただ、命の恩人に報いたい。そう思った。

「……なあ、春蘭」

「ん? どしたの」

「俺さ、おまえの仲間になっていいかな」