手にしていた白色の被衣をふわりと羽織らせた。
先ほど、引き止める隙もなく彼女が渦中へ駆け出していったとき、その場に落としてしまっていたのだ。
「参りましょう、お嬢さま」
「え、ええ……」
普段の硬く冷たい声や口調からは想像もつかないほど優しげな語り口で、朔弦が促してみせる。
あまりの変容ぶりに困惑しながらも春蘭は大人しく踵を返した。
遠ざかる背を眺め、帆珠は小さく舌打ちする。
「……執事だか護衛だか知らないけど、分不相応ったらないわ」
「でも、何だか絵になるふたりですね」
ことごとく空気を読まない千洛の発言に、ますます気持ちを逆撫でられる。苛立ちが募った。
無自覚だが彼女は割と普段から無神経な節があり、そのたびに主の機嫌を損ねてしまっていた。
「……まあいいわ。わたしに逆らったらどうなるか、分からせてやる」
◇
「あの人が蕭家の娘なんですね……」
「そうだ。名は帆珠、年はおまえと同じ十六。だが、令嬢とは思えない傍若無人ぶりだろう」
まったくだ。先ほどのたったあれだけで、春蘭は何だかどっと疲れてしまった。
鳳邸への道すがら、肩を落とす。
「茶会に招かれちゃったんですけど……」
「応じるほかないな」
予想とは異なる返答であった。
“無視しろ、売られた喧嘩を買うことと王妃になることのどっちが大事かも分からないのか”くらいは言われると思っていたのに。
「あれでも蕭姓を背負っている。蔑ろにしてはかえって事態を悪化させかねない」
鳳蕭両家の確執を、春蘭が助長してしまう可能性がある。
ただでさえ一触即発なのに、これ以上下手に亀裂を深めてはいよいよ砕け散ってしまうだろう。
「分かりました」
素直に頷くと、ややあって朔弦が呟く。
「……本当にお人好しだな、おまえは」
意外そうに彼を見返してしまう。
結果的に面倒な展開となってしまったものの、あの幼い子を助けた判断を責められることはなかった。
あの状況に置かれたら、朔弦も同じ選択をするのかもしれない。彼であればもっと器用にうまく計らうのだろうが。
つい、小さく笑った。
少しずつ、本当に少しずつ、彼の人となりが分かってきた。