焦った千洛は少年を捕まえていた手をほどく。
 周囲の人々がこそこそと囁き合っている内容のすべてが、帆珠や千洛への非難に思えた。

「……っ」

 あとずさった幼い少年はその隙に駆け出し、人混みの中へと消えていく。

「い、行きましょう、お嬢さま……!」

 いたたまれなさに肩をすくめ、千洛は身を縮こめるようにしながら促す。
 一方の帆珠は少しも悪びれることなく、堂々と腕を組んで春蘭を()めつけた。

「見慣れない顔だけど、あんたの父親の名は? 官位は?」

 唐突な問いかけに戸惑ってしまう。

「……どうして聞くの? 関係ないでしょう?」

「あら、言えないの? 大したことないってことね」

 それを受けた帆珠は、はっと嘲るように鼻で笑った。自信を取り戻したのかその態度がますます横柄(おうへい)なものになっていく。

 見知らぬ身勝手な娘に、元明のことをばかにされる筋合いはない。
 さすがに気色ばむ春蘭だったが、何ごとかを言う前に帆珠の手が肩に載った。

「いいわ、あんたも茶会に招待してあげる」

「……え?」

「感謝しなさいよ。田舎から出てきたばっかの貧乏貴族には、もったいない誘いなんだから」

 帆珠は冷ややかな笑みのままに告げる。
 春蘭のことを見慣れないのは、彼女が他州や地方から都に上ってきて間もないせいだろう、と勝手に結論づけた上で誤解していた。

「茶会?」

「そうよ。三日後にうちで開くから、逃げずに来なさいよ」

「……うち、って?」

「蕭邸」

 それを聞いた春蘭は瞠目(どうもく)した。

(蕭……!?)

 すなわち、このわがままで尊大(そんだい)な娘こそが、天敵とも呼べる蕭家の姫であるらしい。
 予想外だが、ある意味で期待を裏切らない人物でもあった。その性分は父親や兄とよく似ている。

 春蘭の動揺を別の意味で解釈した帆珠はいっそう笑みを深めた。

(蕭家の娘に楯突(たてつ)いたこと、いまさら後悔したって遅いのよ)

 高圧的に見据え、目を細める。

(痛い目を見せてやるわ。わたしに説教なんて何様なの? 偉そうな口きけるのもいまのうちよ。覚悟なさい)

 気丈(きじょう)で生意気な彼女が茶会の場で恥をかく様を想像すると、煮え立つような感情もいくらか落ち着いていく気がした。

 そのとき、不意に春蘭の背後から長身の男が現れた。
 彼が春蘭を引き寄せたため、帆珠の手がゆるりと離れる。

「こちらにおいででしたか」