「そうだ、千洛。わたしの────」

「うわぁっ!」

 角を曲がった瞬間、どん、と衝撃が走った。振り返って話をしていた帆珠は視線を戻し、ぶつかった何かを捉える。

 悲鳴を上げて地面に転がったのは、年端(としは)もいかない男の子であった。
 不機嫌そうに見下ろした帆珠は、その薄汚れた衣や肌に気がつく。ますます嫌悪に顔を歪める。

「汚いわね……衣が汚れたじゃない。そのにおいが移ったらどうすんのよ! あんたが一生かかっても弁償できないような一級品なのよ!?」

 喚き立てる帆珠に、少年は幼いながらに事の重大さを察したようだ。さっと青ざめる。
 慌てて地面に手をつくと、額を擦りつけるほど深く頭を下げた。

「も、もうしわけありません!!」

「ちょっと、触らないでよ」

 裾を払おうとした少年を容赦なく蹴り飛ばす。彼はまたも地面に転がる羽目になった。

「ごめんなさい。許してください、ごめんなさい……」

 泣きそうなほど声を震わせながら、少年は再び地に這いつくばる。
 それでも帆珠の怒りはおさまることを知らなかった。
 目配せを受けた千洛が無理やり子どもを立たせるなり、その頬を打とうと右手を振り上げた。

「!」

 手が振り下ろされる前に、誰かが帆珠と少年の間に割って入ってきた。
 しっかりと手首を掴まれてしまい、やむなく動きを止める。

「な……っ」

「もう十分、この子は謝りましたわ。ぶつかったのは双方の責任じゃないですか?」

 “誰か”もとい春蘭はその手を離さないまま、彼女の目を見据えて(とが)めるように言った。
 思わぬ展開に帆珠がわななく。

「……何ですって? このわたしを、こんな下賎(げせん)な子どもと同等に扱うの? 何のつもりよ。邪魔しないで」

 ばっ、と掴まれていた手を振り払う。
 つかつかと少年の方へ歩んでいこうとする帆珠の前に、春蘭は毅然(きぜん)として立ちはだかった。

「いいえ。どんな理由があれ、こんなに幼い子に手を上げるなんて許されません。……それに、人の目もありますよ」

 慌てて周囲を見渡すと、大路を行き交う人々が興味深そうにこちらを振り返っていることに気がついた。
 いつの間にやら徐々に人だかりができ始め、彼らの好奇(こうき)の目に晒されている。

「客観的な判断ではどちらが悪人でしょう?」