ばっ、とその腕を振りほどいた。鬱陶(うっとう)しそうに鋭く睨みつける。

「お兄さまは知らないだろうけど、令嬢には令嬢の社会があるの。天下の蕭家が舐められてもいいわけ?」

 果たして航季には何の話だかさっぱり分からなかったが、帆珠の気迫に()され思わず黙り込んでしまう。

 彼女は勝ち誇ったような笑みを口もとにたたえ、一礼を残した千洛とともに往来の人混みに溶けていった。

(令嬢には令嬢の社会……?)

 いったい何のことを言っているのだろう。
 ほうけた航季は帆珠の後ろ姿を見送りながら不思議そうに首を傾げた。



 意気揚々と市へ出かけた帆珠は露店(ろてん)の品を見て回る。
 三日後に開催する“茶会”のため、必要なものを買い出しに来たのであった。

 茶会は定期開催であり、帆珠が主催して各家の令嬢たちを(つど)わせていた。
 茶や菓子を(きょう)し談笑をする、といった優雅な会合である。

 十色(といろ)の可憐な百花(ひゃっか)が咲き香るように華やかな社交の場であるが、水面下ではあらゆる思惑が複雑に絡み合っていた。

 招かれる令嬢たちは戦々恐々(せんせんきょうきょう)とする羽目になる。帆珠がほかならぬ容燕の娘であるゆえだった。

 朝廷を牛耳(ぎゅうじ)る容燕にかかれば、彼女たちの父親を左遷(させん)させることなど朝飯前の所業だ。

 すなわち、招かれたが最後────。
 拒否権はなく、進物(しんもつ)を手に蕭邸へ赴くほかない。
 いかに帆珠の機嫌を損ねないか、いかに目をつけられないようにするか、発言から一挙一動に至るまで常に気を張り続けなければならなかった。

「千洛、今回は誰が来るって?」

「前回と同じみなさんです。今回はどんな手土産を持参されるでしょうねぇ……」

「久しぶりに葵州のものが食べたいわ。ま、どいつもこいつも鈍いからそこまで気が回んないだろうけど」

 蕭一族の由緒(ゆいしょ)は葵州にあった。容燕が当主を継いだ折、都のある桜州へと(きょ)を移したのである。
 幼少の頃より何度も行き来している帆珠にとって葵州は馴染み深い場だ。

 玻璃国の北東部に位置し、州都は帆洋(はんよう)である。
 山の多い地形で、鉄鉱石などの資源が豊富だ。
 武術や武道の盛んな地であり、武芸に励む者たちが修練も兼ねて資源回収などの力仕事を(にな)う。

 鍛錬(たんれん)にはもってこいの地であり、実際に数多(あまた)の武将を輩出している。
 宮仕えをする武官たちはほとんどが葵州出身者か、葵州で修行を積んだ者たちであった。かの悠景や朔弦も例外ではない。

 しかし、武芸者崩れのごろつきが多くいるせいで、他州よりも少々治安が悪いというのが玉に(きず)と言える。