「いつも合理的で賢いおまえが、いったいどうしたってんだよ。相当揺れてるみてぇだな」

 挑発混じりに口端を上げた悠景だが、すぐに「いや」と言い直した。

「おまえの中で答えは決まってんだろ。だが、踏みきる覚悟がない」

「…………」

 選ぶべき道は確かに分かっている。しかし、今回ばかりは保険となるものがない。

 賭けや博打(ばくち)のようなものだ。
 勝てば計り知れない利を得られる。ただし負ければ命の保証はない。

「踏みきれねぇ理由を教えてやる。春蘭殿を信じることができてねぇからだ」

 節くれ立った浅黒い拳の側面が朔弦の胸を突いた。的確に見抜かれ、その双眸(そうぼう)が揺れる。
 三日間という猶予(ゆうよ)は結局のところ、自身のために設けたのかもしれなかった。結論を出すにはそれでも足りなかったが。

「ま、とにかく答えは出たな。俺は協力するのに賛成だぞ。春蘭殿にも陛下にも」

「……この件はわたしに任されました」

 王は確かに悠景ではなく朔弦に頼んだ。真に借りたかったのはその手のはずである。

「…………」

 ────悠景は今朝方、王に呼ばれ拝謁(はいえつ)した際のことを思い出した。

 彼はいつもと変わらず不安そうな眼差しをしていたが、いまは目先に気にかかることがあって仕方がない、というように落ち着きまでなかった。

 妃選びに関して、先に朔弦に力添えを求めていたことを正直に打ち明けた王は、悠景にもまた「力を貸して欲しい」と頼んだ。

『……そなたなら、何も言わずに協力してくれると思って』

 王の焦りや不安には容易に理解が及んだ。

 蕭派の娘が王妃になれば容燕の横暴はますます激化し、王は完全なる傀儡(かいらい)となるだろう。
 妃選びはどんどん迫ってくるのに、対抗する手立てがない。味方を得られるかどうかも定かでない。

 そんな不確かな状況下で手をこまねいていることに耐えられなくなり、三日目にしてとうとう悠景を頼るに至ったというわけだ。

 王が正妃に迎えたい娘が誰なのかを聞き、彼はふたつ返事で協力を決めたのであった。

「────陛下も、おまえと同じだな」

 ぽつりと悠景が呟く。

「おまえを信じきれなかったみてぇだ」