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 それから瞬く間に二日が過ぎた。

 この(かん)、朔弦はとことん春蘭に厳しく接した。
 礼儀作法、勉学、さらには楽器といった興趣(きょうしゅ)を添える一芸に至るまで、鋭い眼識(がんしき)をもって厳正に見定めていく。

 そうして訪れた三日目、例によって鳳邸へ迎えにきた朔弦とともに春蘭は謝家別邸への道を歩き出す。
 その途次(とじ)、おもむろに彼が口を開いた。

「……随分と自信がありそうだな」

 これまでに彼女が弱音を吐いたことはなく、さらには何事にも気後(きおく)れした素振りもなく、常に堂々たる態度を貫いていた。
 それを目の当たりにし、思わずこぼれたひとことだった。

「えっ? そう、見えますか?」

 春蘭は目を見張り、それから小さく笑う。

「でも、そういうわけじゃありません。……ただ、決めたんです。何があっても(くじ)けないって」

「……口だけは立派だ」

 朔弦は普段と変わらず温度のない声音で言った。
 日を追うごとに毒のある挑発が増えてきているような気がする。
 春蘭はそのたびに()りもせずむっとしてしまうのだが、同時に闘争心を加速させてもいた。



 別邸の門を潜ると、思わぬ人物の姿がそこにはあった。
 柳のもとに(たたず)む、大柄な男。額の傷は彼の武功(ぶこう)如実(にょじつ)に示しており、佩刀(はいとう)しておらずとも並々ならぬ風格を醸し出している。

「叔父上」

 朔弦にとっても意外な来訪であったようだ。悠景を捉えて瞠目(どうもく)した。
 その声に振り向いた彼は、口端を持ち上げ笑顔をたたえる。

「来たか。近頃、ここに出入りしてるって聞いてな」

 そう言った悠景の視線が春蘭に移った。
 そのことに気がつき、被衣を外すと上品に一礼をして拝する。

「お初にお目にかかります、謝大将軍。鳳春蘭と申します」

 一挙一動を眺めていた悠景は破顔(はがん)したまま頷いた。
 楚々(そそ)とした春蘭の流れるように優雅な所作は、さすがと言うべきか目を見張るほど美しい。

「お初に、春蘭殿。俺は謝悠景だ。会えて嬉しいよ」

 風采(ふうさい)も振る舞いも豪快で精悍(せいかん)な彼からは、朔弦とはまるで正反対な印象を受けた。
 しかし、明るく人懐こい笑顔や快活(かいかつ)な語り口のお陰で圧は感じない。
 朔弦が月なら、悠景は太陽のようである。

「……叔父上がなぜこちらに?」

()()()()から聞いた。春蘭殿の後宮入りに手を貸すんだろ」

 驚きと困惑を(あらわ)に顔を上げた春蘭に対し、一瞬にして悟った朔弦は呆れ返ったように目を伏せた。ため息をつく。
 ……あのばか王、焦りすぎだ。