元明のことを父のように慕う王は、幼少の頃より彼に全幅(ぜんぷく)の信頼を置いている。

 しかし、その信頼の形はあまりに一方的で身勝手だ。元明に対し、無条件で味方でいることを()いているも同義である。

 幼い彼の孤独に最初に気がつき、寄り添ってくれた元明を、手元に留めておくためだけに宰相の地位を与えたのだろう。
 王として持ちうる小さな力をすべて、そこへ注ぎ込んで任じてみせた。

「……己を全肯定し、受け入れてくれる都合のいい存在にしたいだけだ」

 煌凌にそんなつもりがなくても、元明がそんなふうに思っていなくとも、朔弦の言葉は客観的な判断として的を射ていた。

 もしかするとそれが、元明が容燕に対して強気に出られない理由なのかもしれない。

 容燕は宿敵である彼が宰相の座に就いていることを快く思っていないだろう。

 それでも現状に甘んじているのは、鳳家と全面的に衝突するのを避けたい、というのがひとつ。
 そして、元明が王に忠順(ちゅうじゅん)である限りは容燕にとって大きな脅威にならないから、というのがひとつだろう。

 王の存在は元明にとって“お荷物”でありながら、同時に(たが)にもなっている。
 それが外れたときに訪れるは、勢力争いの果ての革命か、あるいは朝廷の腐敗だろうか。

「じゃあ……お父さまは王さまの盾になってるってことですか」

 宰相の座を守ることで蕭家の肥大化(ひだいか)を食い止め、鳳家の地位と立場を守るべく、大人しく息を潜めている。
 王へ向くはずの“矢”を一身(いっしん)に受けながら、王に押しつけられた酷な責務を全うして────。

「そうとも言えるな」

 朔弦は静かに首肯(しゅこう)した。
 ひとえに王のためかと言えば、間違いなくそんなことはないだろうが。

「…………」

 それでも父は、一度たりとも王を悪く言ったことはなかった。文句も恨み言も決してこぼさない。
 ただひとり、ひっそりとすべてを背負っているのだ。昔も、いまも。

 春蘭が硬い表情を浮かべたのを見て、反対に朔弦は薄く浅い笑みをたたえた。

「王に失望したか?」

「……正直」

 話を聞く限りでは、随分と身勝手でわがままな印象を受けた。
 特に父の人事が恣意(しい)や感情によるものであるならば、王としてあまりに未熟だ。
 孤独も無力も、それらを許容する言い訳にはならない。

「……でも、そんな王さまを変えるのがわたしの役目ってことですよね」