春蘭は神妙(しんみょう)な面持ちになった。
 ここまで()きつけておいて、やっぱりやめた、と背を向けるような非情なことを、朔弦であればしてみせてもおかしくない。

 しかし、恐らく彼の協力なしで志を遂げることはできないだろう。
 何としてでも認めてもらわなければ────。決然と頷く。

「分かりました」

「……あらゆる素養(そよう)と器を確かめさせてもらおう」

 朔弦は卓の上で手を組んだ。

今上(きんじょう)陛下の権威はないに等しい。王妃となった(あかつき)には、それを立て直すことに尽力(じんりょく)してもらいたい」

 そのためには王の(ふところ)へ入り込み、その心身を支え、戦意を取り戻させる必要がある。

 “玉座を守る”という最低限の役目に甘んじている彼が自ら剣を取り、悪鬼(あっき)を退け、威厳を奪回するよう働きかけなければならない。

 それができてこそ、()()()()利用価値があるというものだ。

「なるほど……」

 どうやら民草の噂とやらは正しいらしい。春蘭は苦い気持ちで「あの」と呼びかけた。

「朔弦さまは王さまをご存知ですよね」

「もちろんだ」

「王さまはどんなお方ですか?」

 朔弦であればどう評するのか気になった。何事も真理を見通す彼の目には、いったいどのように映っているのだろう。

「…………」

 ────孤独で情けない、弱き王。
 世間では誰もが口を揃えてそう言う。朝廷の重臣から、地方に住まう民に至るまで。

 残念ながら、朔弦も同じような評価を下すほかなかった。

 容燕の操り人形と言われる彼だが、今回の妃選びを巡る上奏文の一件でそれが事実だと示され、ますますその評価を覆すことが難しくなった。

 表向きは上奏文に王が玉璽(ぎょくじ)を押して認可されたことになっているが、それが事実であれば、あのようなことは言わないはずだ。

『単刀直入に言う。余の味方になって欲しい』

 蕭家の横暴を許したくない、とまで言った。すなわちその上奏文は蕭家が用意したものであり、玉璽(ぎょくじ)も容燕が勝手に押したのだろう。

 ……そんなことは初めてではないと、朔弦は思っている。
 一応、王は毎日蒼龍殿に入っているが、実際に政務を行い、重要な判断を下しているのはほかならぬ容燕だ。

 薄氷(はくひょう)の上にある玉座に、あの王は命を懸けて必死でしがみついている。
 ……いったい、なぜなのだろう。