図らずも瞠目(どうもく)する。思いがけない言葉に正直な反応を返してしまった。

「そ、れは……」

「答えろ。蕭家を潰す意思が、おまえにあるのか?」

 春蘭は口を(つぐ)んだまま、膝の上に作った拳を握り締めた。探られているような緊張感で空気が張り詰める。
 分からなかった。朔弦が何を考えているのか、まったく。

 もともと彼や悠景は蕭家を支持していたはずだが、裏切りに遭ったあとはどうなのだろう。
 当然というべきか表立った繋がりは見えない。しかし、かといって全面的な鳳派というわけでもないだろう。

 敵か、味方か────あるいはそのどちらでもない?

 だとしたら、この問いかけの真意は何なのだろう。
 彼の目的も思惑も求めている答えも、何ひとつ掴めない。

「…………」

 春蘭が慎重に思考を巡らせている間、彼は一瞬たりとも目を逸らさなかった。

 逃げることは許されない。
 肌を刺すような沈黙が、やがて破られる。

「正しい世に戻したい……と、思ってます」

 圧迫してくるような空気に息苦しささえ覚えながら、それでもはっきりと春蘭は告げた。
 腹の探り合いなど諦め、率直(そっちょく)な思いを言葉にする。

 首筋に刃を突きつけられているような気分だったが、そう言った瞬間、わずかにそれが遠ざかったように感じられた。

「と、いうと?」

「わたしは鳳家に生まれながら、この間まで露ほども知りませんでした。この国にはびこるあくどい勢力のことも、蕭家の恐ろしさも」

「…………」

「王さまを操る糸を引いてるのが蕭家なら、到底許せない。そんなのあってはならないことです」

 狡猾(こうかつ)さ、欲深さ、傲慢(ごうまん)さ────何も知らなかったが、だからこそ痛切(つうせつ)に思い知らされた。
 夢幻の言う通り、鳳家の娘である自覚もまるで足りなかった。

 紫苑から聞いた民の評判や莞永の言葉が脳裏(のうり)を掠めていく。
 “無能な傀儡(かいらい)”だと笑われ期待すらされない、この国の力なき王。元凶(げんきょう)は明白だ。

(ひず)みのもとである蕭家の罪を暴き、しかるべき罰を受けさせたい」

 凜とした春蘭の真剣な眼差しは一切揺らがない。
 内に秘めた強い気概(きがい)とその本心を、朔弦はやっと垣間(かいま)見た気がした。

「……もうひとつ、聞いてもいいか」

 告げられた内容については触れることなくそう切り出す。
 何だろう、と春蘭は小首を傾げた。

「あのとき捕らえられていたのが我々でなくても、おまえは助けたか?」