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「陛下、謝将軍がおいでです」

 翌朝、蒼龍殿へ参殿(さんでん)した朔弦の一挙手一投足を、煌凌はじっと注意深く目で追った。彼が中央を進み、几案(きあん)の前で立ち止まるまで。

「そ、それで……その、例の件は?」

 目に見えて明らかなほどそわそわとした様子である。
 期待と不安の混在(こんざい)する眼差しを受けるが、朔弦が情に(ほだ)されることはなかった。

「……恐れながら、お引き受けできません」

「…………え?」

「陛下の味方にはなれません」

 予想と反する答えだった。しかも二段構え。一瞬何を言われたのか分からず、王はぽかんとした。

 何だかんだで首を縦に振ってくれるだろうと高を(くく)っていただけに、追い討ちをかけるような拒絶に愕然(がくぜん)としてしまう。

「な、何ゆえだ……!?」

 ややあって我を取り戻すと、半ば駄々をこねるかのように言った。
 それでも、やはり朔弦は一切表情を変えない。

「あの者は信用に値しません」

 銀髪の男の存在と彼への既視感が引っかかっていた。
 春蘭が頑固にも隠し通そうとしたからこそ、余計に不審な思いが増す羽目になった。

 しかし王の前でそうと口にしなかったのは、せめてもの恩義に報いたためである。

「だが……そなたや悠景を救ったのはほかでもない春蘭であろう。それでも信じられぬと言うのか?」

「…………」

 朔弦は一旦、口を(つぐ)んだ。

 実際のところ、心象(しんしょう)に関わらず有用な“駒”となりうるのは彼女以外にいない。それは紛れもない事実だった。

 他家の令嬢ではそもそも蕭家と家格(かかく)が釣り合わない。
 王妃に据えるというのであれば、鳳家直系長姫(ちょうき)である春蘭でなければならないのである。

(……むしろ、都合がいいのかもしれない)

 冷静に思い直した。

 彼女にこだわる理由がどうであれ、王に固い意志があるのなら。
 妥協するつもりがないと言うのであれば、彼は案外見かけによらず骨のある男なのかもしれなかった。

 一国の王として、奸臣(かんしん)を根絶させるべくそのくらいの気概(きがい)は見せてもらわなければ。
 それは春蘭とて例外ではない。

「………………」

 ────これまでは慎重に慎重を重ね、安全な道を着実に選び抜いてきた。すべては謝家のために。
 しかし、その結果が“あれ”だったとしたら。

 石橋を叩いて渡るやり方が正しい、とは言いきれなくなった。
 投げやりになるわけではないが、時には悠景のような大胆さが必要なのかもしれない。

 ややあって、朔弦は長い沈黙を破る。

「……ならば、本人に示していただきます」