王が審査に加わろうとしたところで、一存では叶わない。
 前例がない以上、(おみ)たちからの反発は免れないだろう。特に蕭派に属する官吏たちは、絶対に王の味方にはならない。

 太后が審査権さえ守り抜けば、王の要求は何も通らないのである。

「分かっておる。それで、(わらわ)はそなたの娘を選べばよいのだろう」

 その言葉に容燕は大きく頷いた。

「左様。近いうちに一度宮廷へ連れて参りましょう。義母君(ははぎみ)に挨拶させねば」

「義母だと?」

「ええ、血の繋がりなど関係あるまい。立場上、太后さまは主上のご母堂(ぼどう)でしょう」

 容燕の言う通りだ。そこに血縁関係があろうとなかろうと、本来であれば王は太后を「母上」と呼び敬うのが儀礼というものである。

 しかし、果たしてあの王はどうだろう。
 これまで、ただの一度でもそう呼ばれたことがあっただろうか。

 ……は、と太后は嘲笑するように鼻で笑った。

(“あの女”に似て、つくづく(かん)(さわ)る)

 容燕に抗えず、臣下の信用も得られず、(まつりごと)もできない名ばかりの王。
 無力を恥じ入り、ただ黙って言う通りにしていればいいものを、なぜわざわざ反抗するのだろう。

 少なくともいままでであれば、傀儡(かいらい)としての自覚をもって妃選びの慣例を大人しく受け入れていたはずだ。

 唐突に反骨(はんこつ)精神でも芽生えたと言うだろうか。
 あるいは、よほど婚姻したい娘でもできたのであろうか。

「王の心を射止めたのはどこぞの娘でしょうな」

 容燕の声色は暢気(のんき)なものだった。
 彼の中では前者の可能性などそもそも論外であるようだ。
 あの気弱な王に“自我”など芽生えるはずがない。

「誠にただの恋情か……?」

「何にせよ、王の望み通りにはいかんでしょう」

 表情を曇らせる太后とは対照的に、容燕は泰然自若としていた。悠々(ゆうゆう)と髭を撫でながら言う。
 その手が、不意にぴたりと止まった。

「……まあ、鳳家の娘なら考えものですがね」

 もしも王の選んだ相手が、容燕と対立する元明の娘であるならば。
 それは“裏切り”にほかならない。王が反旗(はんき)(ひるがえ)したと見て相違(そうい)ないだろう。