言葉遣いも所作も完璧なまでに上品で、貴族の出だと言われても何ら疑わないほどだ。
 一見して春蘭の兄かと思ってしまった莞永は驚いた。

「執事、なの? 本当に?」

「ええ。用心棒も兼ねておりますが」

 それにしてはやはり立派な身なりをしている。穏やかな文人といった印象が強く、剣を(はい)するのは何だか似合わない。

 彼は優美な微笑みを絶やさぬまま、促すように手を掲げた。

「今宵はお嬢さまにご用向きとのこと……。客間へご案内します」



 扉の前に立ち、取り次いで断りを入れた紫苑がそっと開ける。
 中にいる春蘭と相(まみ)える前に朔弦が振り向いた。

「ふたりで話したい。おまえたちはここで待っていろ」

 大人しく首を縦に振った莞永に対し、心配な気持ちが拭えなかった紫苑は若干眉根を寄せた。

 一応は水に流したとはいえ、宮中でかどわされたことを思えば、ふたりきりにするのは案じられてならない。
 まさか元明もいる鳳邸で害したりはしないだろうが、とどうにか納得すると再び笑みをたたえる。

「……かしこまりました。どうぞ、お入りに」

 ばたん、と扉が閉まると、莞永とともに一歩下がって控えた。
 ふと両手にかかる重みに意識が向いた莞永は「あ、そうだ」と顔を上げる。

「これ、よかったら。ささやかなものだけど」

「わざわざありがとうございます。のちほど旦那さまとお嬢さまにお渡ししておきますね」

 (みやび)やかな刺繍の(ほどこ)された風呂敷包みを受け取り、丁寧に礼を告げる。

 結局、悩んだ挙句に莞永が選んだのは“桜花煎餅”であった。
 中央に桜の押し花を載せて焼いた淡い色味のそれは雛陽の名物である。塩味と甘味の具合がほどよく、桜州内外で人気の菓子だ。

 朔弦には内緒だが、莞永の好物でもあったためこっそり自分用にもひと箱買っていた。



 ────上品かつしなやかな所作をもって、春蘭は朔弦に蓋碗(がいわん)を差し出す。

 普段であればそれは芙蓉の役目だが、ひとりで入室してきた朔弦の視線の運びから意図を悟った春蘭が、控えていた彼女を下がらせたのであった。

 雅致(がち)調度(ちょうど)に囲まれた客間で、円卓を挟んで向かい合っていた。

「……どうぞ、花茶です。こたびはご足労いただきましてありがとうございます、朔弦さま」