「とんでもない悪党ね」

「……ああ。まー、そういう事情があるから、おまえらが言ってたみたいに蕭家が黒幕って可能性は俺も高いと思う」 

「……そうなると、ますます兄君(あにぎみ)の無事が案じられるな」

 紫苑の言葉に俯いた。その顔が悔しげに歪む。

「あれから分かったことはないの?」

「……何も。楚家がこうなって、責められるべきは俺なのに……本家も分家(ぶんけ)もみんな兄貴を非難して追い出しやがって」

「……どうして」

「おかしいよな。でも兄貴は引き止めても聞かなかった。“大丈夫だから”って笑ってさ」

 そうして兄が家を出てから、ただの一度も会えていない。音信不通である。

 頭領として有するあらゆる伝手(つて)を使おうが、自ら捜し回ろうが、その足跡(そくせき)を掴むことは一切できなかった。
 網の目のように張り巡らされた、光祥による独自の情報網に引っかかることもなく。

 ────しかし、兄と親類縁者(しんるいえんじゃ)の衝突は過去にも何度もあり、もはや特別珍しい出来事でもない。

 衝突などとは言っても、実際にはただ兄が一方的かつ理不尽に責め立てられるだけである。
 どのような言いがかりに対しても、彼が何か言い返したことはなかった。

 何ひとつとして悪くないのに、生まれてこの方(うと)まれ続けている兄。彼は“庶子(しょし)”で自分とは母親がちがう。
 その実母は既に他界しており、それが尚さら彼の孤立に拍車(はくしゃ)をかけていた。

 櫂秦も詳しいことは知らないが、もともと兄の実母も親類縁者からは疎んじられていたのかもしれない。
 本家の血筋を何より重んじる楚家の性質と風習を思えば、驚くべきことでもなかった。

 兄と楚家がこの先、相容(あいい)れることはないだろう。
 櫂秦にもいずれ────どちらかを選ばざるを得ないときが来るのかもしれない。

「……とにかく、兄貴は無事だって信じてる。本家と折り合いが悪いお陰で、逆に紅蓮教からは狙われねぇかも」

「一理あるな。兄君もきっとおまえを案じているはずだ」

「早く会えるといいわね……」

 決して計り知れず、想像することしかできないが、それでもひどく心が締めつけられるほど複雑な事情を櫂秦は抱えているようだ。

 春蘭はすっかり冷めきった茶をひとくち含む。
 そうすると、どこか冷静な頭の一部分が不意にある考えを(てい)してきた。

「……ねぇ。百馨湯なんだけど、こっそり配るっていうのはどうかしら」