そこへ蜘蛛の糸を垂らすのだ。

 品薄であれば高値で売ることも出来るし、ほかにないのだから民はそれを買うしかなくなる。

 いくら高額でも命にはかえられないだろう。疫病が蔓延(まんえん)すれば尚さらだ。
 民の目には、蕭家が仏のように映るにちがいない。

 そうして王の権威がさらに失墜(しっつい)すれば、傀儡(かいらい)としてますます操りやすくなる。
 容燕は唇の端を吊り上げ、喉を鳴らして笑った。

「────侍中(じちゅう)、謝大将軍がお見えです」

 部屋の外にいた兵から不意にそう声がかかった。

 航季は訝しげに眉を寄せ、笑みを止めた容燕も厳しい顔つきになる。

「悠景だと……? 太后の犬が何用だ」

 そんな不愉快そうな呟きのあと、扉が開かれた。
 悠景と朔弦のふたりが姿を現すと、容燕は侮蔑(ぶべつ)を滲ませながら横目で捉える。

「何しに来た」

 威圧するような声音で問う。

 一拍、躊躇(ちゅうちょ)するような間があってから、悠景はその場に跪いた。
 叔父にならい、朔弦も同様に片膝をつく。

「!」

 突然のことに、航季は驚いたように目を見張って凝視した。
 容燕もさすがに無視するわけにいかず、緩慢(かんまん)とした動きで身体をふたりに向ける。

「侍中! 我々の忠誠をお受けください」

 力強く告げた悠景は、朔弦ともどもいっそう深く頭を下げた。

「…………」

 容燕は目を細め、黙したまま見下ろす。

 伏せた顔にどんな表情を浮かべているのか、手に取るように分かる。

 きっと悔しさを滲ませながら奥歯を噛み締めていることだろう。
 そうしなければ、耐えられないはずだ。

 誇り高き武将を自負する悠景が容燕の前で跪くなど、屈辱以外の何ものでもない。

「どういう腹積もりだ。わたしがそなたらを信用すると思うか」

 これまで、容燕と敵対する王太后に仕えていたふたりだ。
 それが突然、自分に忠誠を誓う?

 容燕にとっては太后などとるに足らない存在であることはちがいないが、本質はそこではなかった。
 安易に敵に寝返るような日和見(ひよりみ)主義者など無用だということである。

「これは、太后様の意です」