宮門から出てきた春蘭を紫苑が出迎えた。
 何となく慣れた流れになりつつあるが、その姿が見えると毎度安心してしまう。

 今日のところは正真正銘、鳳家の娘として王宮を(おとな)っていた。
 元明とともに礼部へ身上書の提出に向かったのである。そのまま出仕する父を残して帰るところだった。

 周りにはほかにもちらほらと華やかな装いをした娘の姿が見られた。春蘭同様、身上書の提出に来た貴族の令嬢たちだろう。
 これから(ふるい)にかけられることになる。

「宮廷はいかがでした?」

 軒車の扉を開けた紫苑は、春蘭が乗り込むのに手を貸した。

「明るいと全然ちがうところに見えたわ。道も覚えたから、今度は礼部にも忍び込めるわよ」

「……次は礼部尚書にかどわされても知りませんからね」

「冗談よ」

 肩をすくめて笑う春蘭に苦笑を返すと、そっと扉を閉めた。しゃらりと宝石細工の珠簾(しゅれん)が揺れる。

 ────かくして走り出した軒車が大路にさしかかったとき、小窓の外を眺めていた春蘭は目を疑った。
 官衙(かんが)のあたりに佇む人影を凝視する。

「夢幻……!?」

 陽光を受け、きらきらと輝く白銀の髪。笠を被っていてもその存在感は並大抵のものではなく、浮世(うきよ)から切り取られたように人目を引いた。

 紫苑、と呼びかけるまでもなく、軒車が速度を落として止まる。
 考えるより先に身体が動いていた。彼が開ける前に扉から飛び出していく。



「夢幻!」

 呼ばれる前から彼は足を止めていた。
 路傍(ろぼう)に停まった白塗りの軒車に気がついていたためだ。さして驚くことなく春蘭の姿を認める。

「奇遇ですね。……ああ、もしや宮殿帰りですか」

 顎下で結んでいた紐をほどき、にこやかに笠を外した。
 反対にぎょっとした様子の春蘭は背伸びをして慌てて被せ直す。

「ちょっと、被ったままでいいから! よりにもよってこんなとこで何してるの? 帰らないと……ほら、あなたも乗って」

「落ち着いてください。平気ですから」

「そんなことない、危ないわよ。早くお堂に戻りましょ!」

 ぐいぐいと背中を押し、春蘭は半ば無理やり彼を軒車へと押し込んだ。
 一連の流れを目にした紫苑はどちらにも手を貸すことを忘れ、ただ困惑したように立ち尽くす。

 妙な違和感がひとひら、胸の内に降って落ちた。

「……?」