近頃、煌凌に肩入れしている莞永が何か吹き込んだにちがいない。
 朔弦の鋭い視線に気がついた彼は逃れるようにふらりと顔を逸らす。

 やはり嫌な予感は正しかった。
 半ば呆れつつ、朔弦はひっそりと息をつく。

「……ちなみに、どなたを王妃に据えたいのですか」

 要点を告げる前から既にそこまで話が進んでいることに、王は内心驚いてしまう。

「鳳家の娘、春蘭だ」

 蕭家に対抗するには家門として申し分ない。というか、拮抗(きっこう)するのは鳳家くらいしかない。
 ほかの家では土俵にも立てないうちに潰されてしまうだろう。そういう意味では妥当な相手である。

 また、春蘭の性格、思想ともに害となることはないはずである。身をもって実感したそのことは朔弦自身も保証できた。

 しかし、この件で王に手を貸すということは鳳家への左袒(さたん)を意味し、蕭家に対する明確な宣戦布告と同義だ。
 せっかく(のが)れた難を自ら再び引き寄せかねない。

「どうだ、朔弦。力を貸してくれぬか」

「……少し、考えさせてください」

 無責任に首を縦に振ることはできなかった。

 謝家の命運に関わることであり、どのみち朔弦の一存(いちぞん)では決められない。
 叔父の意向は容易に想像がつくが────。



 分かりやすく肩を落とした王を残し、朔弦と莞永は蒼龍殿をあとにした。

「将軍、どうして保留になさったのですか?」

 春蘭は朔弦にとっても恩人である。手を結ぶ上で懸念することなどあるだろうか。

 煌凌から直々(じきじき)に話を聞けば提案を受け入れてくれるだろう、と高を(くく)っていた莞永は、朔弦が渋ったことが腑に落ちなかった。

「…………」

 確かに春蘭には助けられた。それは(まご)うことなき事実である。
 しかし、手を組むにあたって本当に不足がないのか、信用できるのか、即答できるほどの確信はない。

 蕭家のように裏切られたのではたまらない。
 同じ過ちを繰り返そうものなら、次こそ命はないだろう。

「……莞永。今夜、鳳邸を(おとな)うことにする」

 王に協力を求められたことを叔父に伝える前に一度会っておきたい。
 慧眼(けいがん)をもってして直に確かめるつもりであった。かの名門家直系長姫(ちょうき)、鳳春蘭という人物を。

「叔父上には、先ほどのことは伏せておけ。礼も兼ねて娘を訪ねるとだけ報告を」

「分かりました!」