ひとことだけ短く返ってきた王の声色から、その腹は読めなかった。

 殿内へ通された朔弦は変わらず警戒態勢のまま、上座(かみざ)に座る煌凌に形式的な一礼をする。
 あとからついてきた莞永も彼の一歩後ろで礼を尽くした。

「お呼びですか」

 何の表情もたたえず、事務的に問う。
 敵意とまではいかないが、とにかく好意的でない感情を向けられているようだ。悟った煌凌は「うむ」と頷き、静かに口を開く。

「……先の一件ではすまなかった。悠景のこともそなたのことも守れず、救えなかった」

「……賢明なご判断でしたよ。“玉座を守るため”という意味では」

「…………」

「わたしも叔父も陛下を恨んではおりませんから、どうか謝らないでください。むしろその程度のこと、いちいち気にせずとも結構です」

 ……少しちがうのかもしれない、と煌凌は思った。嫌われているというよりは諦めているのだ。
 朔弦はとっくのとうに王に失望し、見限っている。

「本題は何です?」

 ずきりと胸を痛める煌凌に構わず、淡々と促した。
 心の傷がひとつ増えたところでいまさら取り立てて気にするほどでもない。王は頓着(とんちゃく)せずに顔を上げる。

「単刀直入に言う。余の味方になって欲しい」

 突然の言葉に朔弦は瞬いた。
 その斜め後ろで莞永も首を傾げる。

(単刀直入、かな……?)

「……失礼ながら、どういった意味で?」

 状況や情勢を(かんが)みれば何となく見当がついたものの、朔弦はあえて尋ねた。

 言葉を探すように目を伏せてから、やがてぽつりと言う。

「……余はこれ以上、蕭家の横暴を許したくないのだ」

「妃選びのことですか」

 煌凌はこくりと大きく頷いた。
 やはり彼は頭がいい。別に試したわけではないが、その力量を測ったような形になった。

 素直に感心する王が瞳をひらめかせるのとは打って変わって、朔弦は表情を曇らせる。

 王の真意はひとつだろう。
 妃に迎えたい娘がいる、ということである。

 しかし、審査に王が関わることはできない。妾妃(しょうひ)であればともかく、独断で正妃を指名することも認められていない。
 それは煌凌とて承知のはずである。

 ゆえに決定権と任命権を持つ太后に直談判(じかだんぱん)するのなら理解できるが、妃選びに関して何の権利も持たない羽林軍の将軍、すなわち朔弦にそのようなことを頼んでも仕方がない。

 その上で自分に白羽(しらは)の矢を立てた理由もまた、なるほどひとつだけだ。
 朔弦はわずかに莞永を振り返った。

(策を講じろ、と?)