「しかし……蕭家の娘を妃に迎えることはできぬ」

「それはそうですが! 何かもっとこう、直接ああ言わずとも……」

「────強気に出られることを示したという意味では、効果的だったかと」

「…………」

 場に一瞬沈黙が落ちた。
 全員の視線が菫礼に集まり、莞永に至ってはあまりの衝撃で瞠目(どうもく)している。

(菫礼の声、初めて聞いた……)

 珍しく口を開いた彼のひとことにより、煌凌は太后への態度を後悔せずに済みそうだった。
 普段は極度に寡黙(かもく)であるためか、余計に言葉に重みが感じられる。

「……ありがとう、菫礼」

 素直に謝辞(しゃじ)を述べた王はそれから莞永の姿を認めた。

「そなたも来ていたのだな。何か用でもあったか?」

「いえ。そういうわけではないのですが、陛下のことが少し心配で……」

 ただでさえ下がり気味な眉をさらに下げ、率直な気持ちを口にする。
 王はふと春蘭の言葉を思い出した。

『言っとくけど、あなたが可哀想で言ってるんじゃないわよ。ただ、ちょっと心配なだけ』

 誰も彼も、自分のことを気にかけてくれる者などこの世にいないと思っていた。
 それはただ卑屈(ひくつ)になった結果、早々に周囲を見限って自ら孤独を選んだに等しい。

 まだ、この手は“大切”を繋ぎ止められるだけの力を完全に失ってはいない。
 そう気がついた煌凌は思わずといった具合に頬を緩めた。

「……余は幸せ者だな」

 浮かべられたのは同じ男であっても見とれるほど綺麗な微笑で、莞永は一瞬気が抜けてしまった。だが、すぐに我を取り戻す。

「陛下自ら王妃をお選びになるのですか?」

「そのつもりだ」

「……もしや、既に心に決めたお方が?」

 刹那(せつな)訪れた静寂ののち、背筋を伸ばして王は頷く。

「うむ」

 迷いのない声色はしかし、からりと晴れ渡った冬空のようにどこか寂しげでもあった。

 九年前に出会った例の少女を思い出しているのかもしれない、といち早く密かに清羽は悟る。

 彼が最も辛いとき、何気なく寄り添ってくれたという少女。特別なことなどしなくても、そばにいるだけで煌凌は救われただろう。
 だからこそ、そんなごくわずかな時間のことが忘れられないのだ。