思わぬ人物の来訪に煌凌の表情が固まった。いい予感はまるでしない。
 緊張気味に両手で拳を握り締めると、清羽に頷いてみせる。

「……お通しせよ」

 ────左右に開かれた扉から姿を現した太后は、険しく情の欠片(かけら)もないような面持ちで殿内へ足を踏み入れた。

 几案(きあん)を挟んで向かい合った途端、一転して笑顔を浮かべる。
 貼りつけたような笑みからは嫌悪の念が滲み出ており、その目はまったく笑っていない。
 煌凌は幼少の頃より継母(けいぼ)のこの表情が苦手だった。

「主上。近頃お会いできませんでしたが、お(すこ)やかであらせられましたか」

「はい、太后さま。お心遣いに感謝します」

 ひどい居心地の悪さを感じながらも、背筋を伸ばしてどうにか威厳を保つ。

 互いに真心のない形式的なやり取りを交わし、本心を覆い隠すような微笑をたたえていた。
 王太后という地位は言わば王の母にあたるため、血の繋がりに関係なく無下な扱いは許されない。

「色々と大変だったようですね。一時的に蕭尚書が捕らえられましたが、薬の受け渡しはどうやら院長の方が持ちかけたそうですよ。見返りに宮中の医官に復職させて欲しい、と」

「…………」

 太后は露骨(ろこつ)に蕭家を擁護(ようご)するような発言をした。
 連中の本性を知っている煌凌が、その言葉を信じるはずもない。

「……して、何用です?」

「先日、妃選びを執り行うことが正式に決まったでしょう? 遅すぎるくらいですが」

 口を(つぐ)んだまま太后を見返す。その腹積もりが垣間(かいま)見えた気がして、思わず眉頭に力が込もった。

「主上は審査に関われませんゆえ、先にお伝えしておきます。わたくしは蕭家の娘を王妃に選出するつもりです」

 ────やはり、と煌凌は目を伏せる。予想通り、蕭家を取り立てる魂胆(こんたん)だ。

 太后はいつの間にやら蕭家と手を組み、意をともにしたらしい。本気で鳳家を潰そうとしている。

 しかし困ったことにその言い草は正しい。王は正妃を選ぶための審査に口を出すことができないのだ。

 それは慣例(かんれい)であるが、こたびばかりは黙って従うわけにはいかない、と思っていた。
 煌凌が何もしなければ春蘭や元明が害され、その立場を危うくしかねない。

 恐怖で押し潰されそうな心臓が早鐘(はやがね)を打つ中、ひっそりと息を吸った。

「……嫌です」