「……柊州には疫病(えきびょう)蔓延(まんえん)してんだ。その特効薬が百馨湯なんだよ。でも紅蓮教のせいで手に入らねぇ」

 そう言い切れるのは、疫病の流行以前より薬材が品薄になり始めていたためだ。

「困ったことに都でも薬材不足ときた。葵州や楓州はそもそも薬材をぜんぶ他州からの移入に頼ってる。つまりいま、国内で百馨湯を手に入れる(すべ)はねぇってことだ」

「……他国との貿易を勝手にするわけにもいかないしね。許可を()う上奏文の返答待ちってことか」

「いや、それはたぶん見て見ぬふりされてる」

 確かに州府(しゅうふ)からそのような上奏文が出されたのは事実である。しかし、それはもう随分と前の話だ。

 ここまで動きがないなんてどう考えてもおかしい。恐らくは黙殺(もくさつ)されたのだろう。

「どうして……」

「さぁ? 認めたら何か不都合な奴でもいるんだろ」

 それを聞き、真っ先に思いついたのは蕭家であった。内容が似通(にかよ)っていることからして、どうしても桜州での薬材事件と結びつけてしまう。
 容燕が実権を握っている以上、上奏文を切って捨てることなど容易だろう。

「……それでな、あるとき俺はたまたま見ちまったんだ。桜州に流れてきてる紅蓮教徒が、百馨湯の薬種を根城(ねじろ)に運んでるとこ」

 例の邪教(じゃきょう)は思いのほか大々的に関与しているようであった。
 薬材不足は蕭家の仕業ではなく、紅蓮教そのものが黒幕なのだろうか。

「だから根城に忍び込んだんだ。百馨湯を取り返そうと思って。そしたら患者に配れるだろ」

「何だと……? 強行突破にもほどがあるだろう」

「誰かさんに似てるよね」

 くす、と笑った光祥に目配せをされるが、心当たりのなかった春蘭は不思議そうに瞬いた。

「で、どうなったの?」

「……しくじった。だからこれだよ」

 衣の上から腹部の怪我を軽く叩いてみせる。
 彼らが薬材を溜め込んでいる倉に入り込んだはいいものの、持ち出す前に露呈(ろてい)して追われた。

 もともと紅蓮教に狙われてはいたのだが、今回こんな目に遭ったのは侵入がきっかけだった。

「そうだったの……」

「だが、いくら品薄とはいえ雪花商団ともなれば、百馨湯のひとつやふたつくらい有しているんじゃないのか?」

「……いや、切らしてる。俺はあくまで個人として動いてるだけだ。商団は関係ねぇ」

 紅蓮教の根城に乗り込むなどという無茶は彼の独断であるようだ。
 ここまでの話をのみ込み、数拍のちに春蘭は眉をひそめた。

「やっぱり、ちょっと怪しいわね」

「何が?」

「紅蓮教よ。お金儲けが目的にしてはやりすぎだし、桜州での薬材事件みたいに何か裏があるのかも」

「……あるいはまた、蕭家が背後にいるという可能性もありますね」