「刺客……?」

「ああ。“紅蓮教(ぐれんきょう)”っつーんだけど、実態は教団なんかじゃねぇ。覆面の武者(むしゃ)集団で、(かしら)も不明だ」

 覆面とは言ったものの、実際に覆面なのは頭だけである。
 ほかの教徒たち(ただのならず者だが、ここではあえてそう呼ぶ)は、顔や素性を隠す気などさらさらないらしく、口当(くちあ)ての布さえつけていなかった。

「そんな物騒な集団になぜ狙われているんだ」

「俺が商団の頭領だからだろ」

「……それって、どういうこと?」

「…………」

 答えになっているようでなっていない。紫苑と春蘭による怪訝(けげん)な眼差しを受け、口を(つぐ)んだ櫂秦は顔を背けた。
 その様子を見た光祥は眉を寄せる。

「もしかして今回桜州へ来たのは旅じゃなくて、逃げてきたのかい?」

「…………」

 彼は答えなかったが、その沈黙が肯定(こうてい)を意味していると言えた。

「おまえらには関係ねぇよ」

「それがそうでもないんだよね。だって、百馨湯絡みだろう?」

 弾かれたように顔を上げる。そうしたのは櫂秦だけでなく、春蘭や紫苑も同様であった。

「何でそれを────」

「やっぱり、図星か」

「……カマかけたのか?」

「まあね、見当はついてたから」

「ちょっと待って。百馨湯って、幻とか言われてた薬材よね」

 春蘭は朔弦の言葉を思い出していた。

『これは“百馨湯”という薬湯のもとになる薬種だ』

『ひゃっけい、とう……?』

『早々に市井から消え去り、もはや幻の薬材と化している代物だ。宮中以外では見かけることもなく、手に入れるのが困難になっている』

 それと櫂秦の出奔(しゅっぽん)とに繋がりが見えず、ふたりの会話に首を傾げてしまう。

「何の関係があるの?」

 そう尋ねると、光祥は「ああ」と口を開く。

「大方の薬材は出回り始めたんだけど、百馨湯だけは未だに底を突いてるんだ。だから、雪花商団の頭領なら狙われるのは必然かもしれないと思って」

 どういう因果かは不明だが、紅蓮教は百馨湯を求めていた可能性がある。
 手段は強引かつ乱暴であるものの、武者集団ということであれば納得がいった。
 彼らはかの大商団なら百馨湯を有していると踏み、強奪を図ったのだろう。

「……当たらずも遠からずだな」

 膝の上で頬杖をついた櫂秦が言う。

「百馨湯を欲しがってたのは、あいつらじゃなくて俺の方だ」

「えっ!?」

「あいつらはな、百馨湯を独占してんだよ」

 それぞれがはっと息をのんだ。(せん)だって聞き覚えのあるような内容に驚きを禁じ得ない。